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悲しみの足跡

長崎の原爆記念館・・・

昔・・。高校生の時の修学旅行で、広島を訪れました。
原爆記念館を歩いて、その惨さに声を失って、バスに戻りました。
担任であった小林梅次先生は、私の顔を見て、
「顔が真っ青だよ。」と言われたのを今も記憶しています。

長崎の原爆記念館を始めて訪れて、再びその悲惨さを全身に覚えました。
”大きな叔父さん” と言う名前のついた水爆だったと言うことでした。
あまりにも大きな爆弾に驚かされました。
浦上天主堂の、残骸となった聖人像や、破壊されたマリアの像が残っていました。

エルサレムの郊外 ヴィアドロロサの道。
ナザレのイエスが、自ら十字架を背負って歩かれた道。悲しみの道。
苦痛と心の痛みに耐えながら、黙って歩かれた、天の神の御子主イエス様。

ヴィアドロロサ記念教会の壁には、
主イエス様が十字架を背負って刑場に向かう彫り物が掛けられていました。

この時の悲しみと、長崎の水爆によって、家族を一瞬に失った悲しみとが、
重なり合って心に伝わってきました・・・。

ヴィア・ドロロサ

主が歩かれた石の道

広くもない、狭い石畳の道。
この狭い道を歩きながら、多くの群衆の罵倒や、蔑み。
または、悲しみと慟哭と、涙に濡れる目で見つめた人々も。

人は悲しみを同行者として歩むものなのか。

主は、語られました。
 貧しい者は幸いだ。 天のみ国はあなた方のものだ。
 悲しむ者は幸いだ。 彼らは慰められるだろう。

ヴィアドロロサ

ヴィアドロロサ教会の天井

主イエスキリストが、ローマの兵隊たちにあざけられて被せられた、
”棘の冠”

太く、鋭い棘の針は、容赦なく主イエス様の額や頭に突き刺さったことでしょう。
それでも尚、黙って、穏やかな表情で、歩かれた。

「悲しむ人は・・幸いなんだよ。」
私をごらん。わたしは、わたしに与えられた地上での使命に、
黙って・・・悲しみの伴う平和の中を今、歩いている。

何故ならば、私を愛して下さっている天の父は、
いつも共に居て下さっているから・・。

記念教会の天井

長崎医科大学の永井隆博士の自伝を読んで、サトウハチロウが作詞した「長崎の鐘」

放射線科の医学博士であった永井医師は、自らも被爆しなら、被爆者の治療にあたった。
そして、更に白血病となる。
自宅に居た愛する妻は、原爆の犠牲になった。
自宅の敷地に妻が愛用していたロザリオと手と思われる肉片があった・・。

そして、二人の愛する子を残して、妻がいる、天国へ旅立った・・。

永井ドクターが白血病と闘いながら執筆したという、畳二畳の小さな家を見てきました。
悲しみと闘いながら、白血病と闘いながら、雄々しく生きた永井博士。

彼の座右の銘は、 ” 如自 愛人 ”
 ”自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい”
棘の冠を被り、十字架に架けられ、
それでも人々を愛し続けられた、救い主イエスキリストの教えでした。

素敵なクリスチャンに出会えたように思いました。

長崎原爆記念館の売店で、永井隆氏の著書を一冊購入しました。

悲しみを抱えて、尚、
人が人として、静かに凛として生きることを学ぶために・・。




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希望

美しい詩があります

私は山に向かって目を上げる
私の助けはどこからくるだろう
私の助けは天と地を造られた主から来る
         ダビデ王が詠んだ祈りの詩です。

わたしは山に向かって目を上げる

この祈りの詩が詠まれたのは、
旅人が、エルサレムの町を目指して歩いている時、

ああ。あの山を、あと3つ越えたら、神殿のある町、エルサレムに至るのだ。
さあ。もう少し頑張ろう。

私はどんなにか、エルサレムに戻ることを願っていることか・・。

・・という解釈だったと、教えて下さったガイドさんがいました。

詩を解釈することは、自由ですが、
詩を書いた方の思いを感じられるということもまた、感謝なことです。

海辺の町カイザリヤ町

石のアーチ

大昔の、港町の城砦アーチ。
とても、芸術的です。
小さく切った石が重なり、半円系のアーチを形作っていました。

この石のアーチは、決して崩れることはないということです。

この石組みは、特徴があるのです。
左右両サイドから積んでいき、
最後の詰め(仕上げ)は真ん中の一個の石をストンと組み入れるのです。

石のアーチ

観光地のレストラン

イスラエル研修ツアーの昼食は、

ホカッチャ。
以前、パン教室でも焼いたことのあるパンです。
オリーブオイルをつけていただきました。


フォカッチャ

ミートボールがのったパスタ

海の見えるレストラン
なんとなく、家庭料理風。

パスタ

懐かしい白いごはん。
イスラエルの食事は、ハードパン系が主でした。

ライスの上にハンバーグ

昔々・・使徒パウロが歩いた町・・・

ここは、
使徒の働きの中に、記述されている、ヨッパという町です。
パウロが逗留したという、”皮なめしシモンの家”は、この近くにありました。
皮なめしシモンを紹介したのは、カイザリヤのローマ軍の百人隊長コルネリオでした。
彼は、イエスキリストを信じた、最初の異邦人でした。
異邦人というのは、選びの民イスラエル以外の国びとをさして使われています。

聖書の世界を旅する研修ツアー。

そうなの・・・。
パウロ先生が、キリストの救いを説いて歩いた道を、
辿りました。

港のある町

なんとなく、
当時の雰囲気が漂っているように感じたものです。

聖書を翻訳した偉大な人

イエスキリストが誕生した町

ベツレヘム・・
「今日、ダビデの町ベツレヘムに、救い主がお生まれになりました。」
神の使いが、羊飼いたちに告げた、有名なメッセージです。

イエスキリストの生誕記念教会を訪れました。
岩屋の部屋がありました。

ベツレヘムの教会

そして、そこに・・。
聖ヒエロニムスが、ウルガタ聖書の翻訳をした場所がありました。

西暦340年 偉大なるキリスト教神学者 ヒエロニムスの偉大な功績を残した場所。
エウセビオス・リボロニウス・ヒエロニムス・・・ダルマティア生まれ。
彼はローマに留学。修辞学と哲学を学び、ギリシャ語を学びました。

33才の時、重病にかかり、アンテオキアで神学研究に生涯を捧げる決心をする。
シリア砂漠で隠遁生活を送り、ヘブライ語を学び。
ローマで時の教皇ダマスス1世の庇護のもと、ラテン語訳聖書の決定版を生み出すべく、
全聖書の翻訳事業にとりかかりましたが、教皇の死後、ローマを去り、聖地エルサレムに向かった。

聖書のラテン語訳は、神の言葉が世界に届けられる重要なきっかけとなりました。
ステンドグラスの絵は、ヒエロニムスが神から啓示を受けているところです。
 すべての出来事は、不思議な摂理の中にあることを思わせられます。

ステンドグラス

石のドームの中で

ここが、聖書が全世界に広がる起点となった場所。
ギリシャ語聖書 セプチュアギンタ(70人訳聖書)を底本にして、
ヘブライ語聖書を参考にして・・。
膨大な聖書の言葉を、44才から65才までの21年近くの歳月をかけて・・
今、私たちが手にしている 聖書の基を翻訳して下さったということなのです。

ヒエロニムスが聖書を翻訳した場所

石に刻まれた名前

歴史的な事業を生涯かけて完成したヒエロニムス。

多くの画家たちが、彼の姿を描いています。
レオナルド・ダヴィンチ。
カルバッジョ。

岩屋の中のヒエロニムスの絵は、とても印象的です。


ヒエロニムス記念碑

しかし、石に刻まれた”ヒエロニムス” という名前にこそ、何故か心を打たれます

名前・・。
何をした人か・・。

神に選ばれた人が、神の働きをすると、多くの人が幸いを得ることがわかります。

何に選ばれるか、人には後にならないと解らない・・。というのがいいですね。

その土地に根付く木々たち

イスラエルの木には理由があります

両サイドに植えられている木は、
あのコアラちゃんが好きな ”ユーカリ” の木です。
エルサレム郊外の道沿いに、たくさん植えられていました。

それには理由があったとのことでした。

木が植えられた 理由 
2000年近く、イスラエルは国を持ちませんでした。
離散せるユダヤ人。聖書の予言通りに。

イスラエルの、唯一真の神 主なる神の戒め、
「イスラエルよ聞け。主は唯一の神。
 心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして主を愛せよ。」 申命記 6章4節

歴史の中で、神の戒めからそれ、偶像礼拝に傾いたイスラエルは、幾たびの警告にも従わなかったため、
国を奪われ、世界に離散した。これも予言通りとなりました。

そして、1948年 エゼキエルの予言の通り、イスラエル国家が再建されました。
                               
イスラエル建国
ユーカリの木の向こうはタボル山
全世界から散らされたユダヤ人たちがシオニズム運動の中、帰国した。
しかし、土地は荒れ果てて、暮らすには厳しい環境があった。
湿地帯であったため、蚊が発生しマラリヤで死ぬ人が続発・・。
土地の開墾のために、湿地でも育つ性質を持つ木。ユーカリが選ばれた。
人々は、腰まで泥水に浸かりながら、ユーカリの木を植えた。
ユーカリは、水分を多く吸収して育つ木だったのだそうでした。
それで、街道沿いの木はユーカリが多いのだそうでした。
木一本の中に、苦難の中に建国に携わった人々の功労と、苦難の歴史が息づいていました。


オりーブの木

この実を結ぶ木 オリーブは、
ユーカリとは異なり・・、水が無くても育つ木なのだそうでした。

イスラエルの国は、雨期以外は雨が降らない地です。
朝夕に、地中海からの海風で、霧が露となって降る以外は。

特産オリーブは、イスラエルの気候にマッチした木なのです。

オリーブの木の向こうのエルサレム

蜂蜜のように甘いナツメヤシ

聖書の中に、バプテスマのヨハネと言う予言者がいます。
ナザレのイエスを、メシヤ(神の救い主)と紹介した偉大な予言者です。(ヨハネ福音書1章)

このヨハネは、神に自分の生涯を捧げて、ナジル人(誓願した者)として生きました。
ヨハネは、荒野に住み、イナゴと野密を食べて暮らしていたと記述があります。
この野密の正体は、このナツメヤシの甘い実であったとも言われています。

ナツメヤシの木はどこにでも
ナツメヤシの実は、ドライフルーツとして、年間食されています。

私が焼くパウンドケーキに入れたら美味しいだろうなあ。と思いながら・・
ナザレの市場で干しイチジクとレーズンとクランベリーを買って、
ナツメを買いそびれました。
後悔しています。

桜によく似たアメンドウの花

アーモンドの花は、春を告げる花

あのおいしいナッツ、アーモンドの花です。

日本の国花、桜の花によく似ています。

エルサレムストーンの石の塀越しに、
やさしく迎えてくれました。
ここには、イエス様が、
主の祈りを弟子達に教えられたという場所に因んで、
主の祈りの記念教会が建てられていました。

世界各国語に訳された、主の祈りの言葉が掛けられていました。

アメンドウの花

ある日、弟子たちは主イエス様にお願いしました。
「先生。私たちに祈りを教えて下さい。バプテスマのヨハネが弟子達に教えたように・・。」

主イエスは言われました。
それではこう祈りなさい。
「天に居ます父よ。御名ががあがめられますように。み国が来ますように。
 みこころが天でおこなわれるように、地にもおこなわれますように。
 私たちに必要な今日の食事をお与え下さい。
 私たちに罪を犯すものを赦しますから、私たちの罪をもお許し下さい。
 私たちをこころみにあわせないで悪よりお救い下さい。」

これが、主イエス様が教えて下さった祈り。主の祈りです。

主の祈りの教会

主の祈りの記念教会の回廊には、世界各国語の主の祈りが飾ってありました。
勿論、日本語の祈りも。

 

石の町エルサレムの猫たち

エルサレムの建物は・・・

エルサレムの石以外の石は使ってはいけないのだそうです。
エルサレムは石がいくらでも埋没しています。
掘れば掘るだけ、エルサレムストーンがあるのです。
その理由は・・
外敵に侵略され、破壊され、再建を繰り返した町故に。

城壁も、建物も、なにもかも・・。エルサレムストーンが使われています。
猫の居る風景にもエルサレムストーンが。

鼻の汚れた太った猫さんがいました。
向こうの方に、足早に歩くあか猫ちゃん。

「何を見つめているの?」

エルサレムの猫

石の町エルサレム


エルサレムの住まい

朝、日本を出発して・・。

韓国仁川空港経由で、アルプスの山越え。
エルサレムのホテルに到着したのは、夜の8時でした。
ホテルの窓から、聖書の世界エルサレムの町をみました。

空を・・不思議な思いで見上げました。
日本と同じ、青い空・・。

エルサレム郊外の町

イスラエルのホテルの前には 

イスラエルの国旗 ダビデの☆の旗。

ホテルの自動ドア。
出るときは自動で開きますが・・・ 入るときはフロントの方が開けてくれます。
安全対策の一環のようでした。

ホテルの玄関前

イスラエル研修の旅に参加してから・・もう3ヶ月が過ぎました。

本当に旅してきたのかな?わたし。

でも、確かに、聖書の読み方が変わりました。
理解の仕方が変わりました。

不思議ですね。 現場に立つというのは・・。
聖書の世界が生きたものになりました。


カイザリヤの猫はのんびり屋さん

ようこそ海辺の町へ

ピリポカイザリヤの海岸の町
どこにでも見かける キジとら柄の猫君が、
しずかに、やさしく、出迎えてくれました。

ふっと、留守番をしている、我が家のさくらをはじめとする猫たちのことを思いました。

我が家の猫同様に、穏やかな表情をしていました。
そっと頭をなでたら、すり寄ってきました。

外国語を話す猫・・。
にゃンとも声は出しませんでした。
「かわいいね。」・・と声をかけました。
かわいいね。 という言葉は、世界共通のようで、親しみが返ってきました。


地中海沿岸のねこ

美しい地中海の海
これは、水道でした。
時の支配者が、引いた水道は、今観光名所になっています。
大王ピリポが、ローマの皇帝カイザルのために作って献げたので、
町の名は、ピリポ・カイザリヤと呼ばれたそうでした。


水道

水は、命の根源です。
ヘブル語で、水は、 ”マイーム” と言います。
命は、”ハイーム”

地中海の海辺の遺跡の町には、
静かな時間が流れていました。

2000年前に栄えた町。
寄せ来る波は、今も変わらず・・。

発掘された遺跡の町。円形競技場や半円系の舞台に立ち・・。

不思議な時間を歩きました。

時の旅人である人間。
どのような記憶を残すのか・・・。
人としての一生は静かに刻まれていく・・・。

さあ。今日も、今日なすべきことを、静かにこなしていこう。

台所に現れた天使

「恵まれた女よ、おめでとう!」
 
救い主イエスキリストの母となったマリヤ。
彼女は特別な女性ではありませんでしたが・・。
イスラエルの偉大な王ダビデ家の血筋を引く、ヨセフと婚約していました。
当時、ヨセフは、ダビデ王の直系の血筋乍ら、貧しい大工を職業としていたようです。

そのマリヤの元に、神の御使いが訪れた。と聖書は記述しています。

マリヤが神の御使いのメッセージを聞いた場所・・。
それは、普通の家の台所でした。

イスラエルの家は石の家で出来ていました。

今は、記念教会が建てられていました。

マリヤの台所
・・・・神様は、台所にもおいでになられます。
特別な場所ではなく、いつも女性が立つ生活の場でした。
台所での日々の生活の場こそ、大事にしなければ・・。


百合の花のドーム

マリヤの記念教会には、百合の花をモチーフにした天井がありました。
控えめな、神を畏れ敬い、静かに暮らしていた女性。マリヤ。

彼女の神への信仰の篤さは、御使いとの問答の中に、表れています。

「お言葉通り、この身になりますように・・。」
誰でも言える言葉ではありません。


記念教会の天井ドーム

清楚で、力強い白百合の花が、マリヤの心を象徴しているようでした。

台所。
いつもの場所。
 
”今居る場所を大切にしよう。”

そんなことを思いながら、受胎告知教会を後にしたものです。



プロフィール

moyasakura

Author:moyasakura

奥信濃・千曲川のほとり・・・
古い萱葺き屋根の家で、
夫と義母と賢い猫たちと
楽しく質素に暮らしています~♪





旬の新鮮な食材を使った私の手作り料理を紹介します~♪

日経リビングスタイルロゴ

日経ネット「リビングスタイル」で紹介していただきました。

☆信州の新鮮で安心な食品は
しなのえちご屋で販売しています。
主人が実直に運営しておりますので覗いてみてください。

新鮮・安心な食材


キッチンぷいぷい

毎日放送の取材を受けました。
浦上 浩 先生のネマガリダケのレシピがあります。

J-WAVEロゴ

J-WAVE BOOM TOWNで
紫アスパラの取材を受けました。
(2006年5月16日放送)

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長野エフエム放送の取材を受けました。(2006年夏放送)

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