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水が引きました・・・

千曲川の堤防

こちら側は、千曲川の河川敷です。
堤防の向こうには、田園と村があります。

すっかり水は引きましたが、
畑に入ると、田んぼのような柔らかい土。

千曲川の堤防


大根の芽は・・・

泥水をかぶった大根の芽。

こんなに小さな芽ですが、しっかり根を張って、流されませんでした。

花泥のついた葉。
花泥は微粒子なので、葉は息ができません。

夫とふたりで、真水でやさしく洗ってあげました。

大根の葉


里芋の葉は

里芋の葉っぱは、水を掛けると、泥はサッと落ちました。
里芋は水をはじく力を持っているのです。
「大したものだなあ。」  
夫はしきりに感心していました。


里芋の苗


すっかり泥水をかぶったタマネギは

「だいじょうぶだったよ。」
と、語っていました。

向こうの方で、夫がサツマイモの葉っぱを洗っています。
サツマイモの苗も、流れたりしませんでした。

みんな、すごいね。野菜たち。


タマネギ


ヨシキリさんの鋭い声

”ギョギョギョッ ”

ヨシキリさんが必死に鳴いていました。
畑の横の林の中で、

どうやら、無事だったようでした。
よかったね。

ヨシキリの林

あちこちの畑に、水のタンクを乗せた軽トラが止まっていました。

「自然の力には、抵抗したりせずに、自然の力を、受け入れて生きるのが、百姓なんだな。」
「そういうの。いいね、とうちゃん。」


水没した河川敷の空を、

たくさんのトンビ君たちが、旋回していました。
何をしているんだろう? トンビ君たち。

十羽以上のトンビ君が、会合を開きつつ飛んでいました。

トンビ君たち


現実を、受け入れて生きることは、
あるときは大変な力が必要となります。

でも・・今、目の前にある現実から手をつけないと・・・何もはじまらない。

小さな野菜の命は、必死に現実の中で生きようとしている。

自然は、大きな恵みを与えてくれる。
そして、時に、大きな災害をも与える。

人もまた、すべての自然界の生き物同様に、
ただ、現実を受け入れて生きるだけなのかも知れない・・。

花ニラ

庭先には

花ニラの白い花が、星のように咲いていました。
静かな、勇気をくれました。

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theme : *写真で残す日常*
genre : 写真

台風2号・・・河川敷が水没

千曲川にかかる中央橋

今回の台風で、上流に降った大雨が押し寄せました。
橋の上から見る千曲川は、
怖いほどの広さになっています。



千曲川増水


広い河川敷も水没

少年野球場も、サッカーグラウンドも、畑も、
みんな水の下に・・。

千曲川増水



広い広い川になりました。

千曲川増水



土手外の河川敷畑も・・水没


先だって、夫と共に植えたサツマイモの苗。
芽が出はじめた、大根。
玉ねぎの苗、
かぼちゃの苗。

みんな、水の中に。

畑も



河川敷のヒバリやヨシキリは・・

子育て中のヒバリさんは、大丈夫かなあ?
ヨシキリさんは、どうしているだろう?

水が押し寄せる前に移動出来たのか?
卵であれば、無理だっただろうに・・・。

ツバメが低空飛行をしていました。
トンビ君は、大きく旋回していました。

自然の猛威の中で、生き物たちは、唯、沈黙している。

林のように見える木々の向こうに、千曲川の本流が流れている。

増水

「こんなに早く、台風による水害に見舞われることはなかった。」
88才になる叔母さんの言葉。


実に・・・夫の感は的中しました。

心が・・、不思議な静かさで、静まっている・・・。
とりあえず、水の引くのを待とう。





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千曲川の増水・・・

2011年台風2号

歴史的に、台風による水害地帯である、我が村。
昭和58年・59年の水害により、千曲川・樽川の堤防が決壊・・村は水に浸かった。
我が家は、一階の鴨居の近くまで浸水。
二階の窓から自衛隊のボートで救出されたとのこと。
おびただしい数の牛さんが命を奪われました・・・。救いようがなかったようです。

・・・わたしがまだ、嫁に来る前の出来事ですが、)
今年は・・どうなのだろう。

今回の台風2号の影響で、千曲川の水位が上昇している。
今朝の飯山市警戒本部発表の千曲川飯山観測局の水位は、6m90㎝まで上がっている。
ひょっとしたら、土手外の畑は水に浸かっているかも知れない。

今年も、堤防の外にある畑には、
里芋・玉ねぎ・かぼちゃ・大根・サツマイモを植え付けました。

数日前の会話で、
「今年は、土手外の畑に、水は入りそうだな・・・」と夫。

水害地帯に生きる村人にとっては、雨は恵みでもあり、驚異でもある。
「自然の力には、抗せない・・。」
「百姓はお天気商売ださ・・。」という、村人の思いである。


台風2号の雨


水害にあうたびに堤防が高くなり・・

千曲川の堤防は、かなり高い。
しかし、7年前には、あと1mで水位が堤防の高さを越えそうになった。
母は、「水害は、家の戸さえ閉めておけば、持って行かれることはねえから・・」
洪水地帯に長く住む者の、達観した諦めの言葉であると思う。
洪水の花泥は微粒子のため、家のすべての家財に染みこんで、洗っても洗っても消えない。

台風の静かな雨の降る村は、
驚くほどの静かさを保っている。

2011・5・30台風2号

我が家の猫たちも、なりを潜めてひたすら眠っている。

田植えの終わった村の田んぼ。
田の水の調節をする人々。作付けした畑を見守る人々。

台風シーズンは、何かと心動かされる季節になっている。

そんな時は・・・静かに祈るだけ。

大雪が降れば雪に埋もれ、
大雨が降ったら水に浸り、
日照りが続いたら日に焼けて、

人は、無力だけれども、
人には祈る知恵と力が与えられている。
そこにかろうじて、小さな安堵が生まれてくるような気がします。


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レンブラントは・・・キリストの伝道者

上京・・感動の出会い

仕事の関係で、会議出席。
そして、久方ぶりに国立西洋美術館に。

今、開催中の ”レンブラント展 ”

かつて、クロード・モネの ”睡蓮の池 ”に出会い、
そして、レンブラントの ”聖母子像 ”に出会った美術館。 

レンブラントの作品集は、かなり手に入れましたが、
その本物との出会い。

入場券を求めるのに、まず、長蛇の列・・。
作品を見るのにまた、長蛇の列・・。 


レンブラント・ファン・レイン



レンブラントの生涯・・

レンブラントのエッチング(銅版画)

レンブラントの油絵

レンブラントのキャンバスには、絵の具の筆の痕跡が全くない・・。

そして、その描かれた作品の余りの多さに、驚嘆させられる。
何という画家なのだろう。

レンブラント・ファンレイン

そして、聖書を題材とした作品の余りの多さ・・。
イエス・キリストの生涯を描いた作品の多さに、崇高な感動が伝わってきた。

そうなのか!
レンブラント・ハルメンス・ファン・レインという稀代の画家は、
キリストの救いを伝える伝道者であったのだ。

わたしが愛して止まない、主イエス・キリストと、神の救済史を描き続けた天才画家。

レンブラントの描き出す聖書の記録には、
その画面に、崇高なる神からの光が宿っている。

描き手である彼は、神に選ばれし者。
天付の才能を与えられた芸術家の、底知れない使命が、
作品の中から湧き上がっている。

まだ、10代の若き頃に、その絵の前に立ち尽くして見つめた作品、
内縁の妻であったヘンドリッケと息子をモデルとして描いた、
 ”聖母子像 ” は見られなかったが、

半世紀を経て、再び、レンブラントの偉大さを心にしたためながら、
自分のなすべきことは何か?

静かに問うている自分がいる・・・



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絶え間なく・・・庭の花々

すずらんの次は、さくらそう

すずらんの花の清楚な白。
さくらそうの花のショッキングピンク。

この二つの草花には、なにかしらの共通点があるような・・・

花の色は別として、
儚げに、楚々と咲く姿が、心惹かれる花です。

さくらそう


都忘れ・・

濃い紫の花は、少数派です。
なかなか、増えません。

引き替え、うす藤色の都忘れは、やけに増えます。

野菊の群れのように、咲きました。

都忘れ


ナナカマドの緑。

ナナカマドの小さな花は、梅の花のよう・・。
ナナカマドの緑の葉は、洒落ています。

夫がブナの木同様に好きな木の一つです。
この冬、大雪の重みで、地に伏した木ですが、大したものです。
スックと立ち上がりました。

夫は、一生懸命に手入れをした甲斐あって、若々しく復活!

ナナカマド


ナナカマド越しの田んぼ

ナナカマドの葉は、本当に涼しげに見えます。

以前・・むくとさくらが憩いの時を過ごした、仲良しの木です。


ナナカマド

人間の予定表か、企画書のように、
花たちの開花が続きます。

今、夫と共に畑作業を行っていますが・・
改めて、大地の、土のありがたさを感じています。

夫は、種から育てるのが上手です。
マメトラで畑を耕し、畝を作り、マルチを張って、植え付ける。
夫はトウモロコシをそれはたくさん植えました。

昨日は、黒豆を蒔きました。

3カ所の畑と、庭先の畑で、忙しい日々ですが、
身体は疲れますが・・土に触れていると心が和らぎます。

苗や種は、土に育まれて、力強い芽を出します。

百姓をしていると、命のすごさを否応なく感じさせられます。
みんな、生きている。

田に水が引かれた夕刻から・・・どこから集まってきたのか?
蛙の大合唱が響きます。

マイク無しで、村中、くまなく響き渡ります。
あんなに小さなからだで、あれほどの鳴き声・・・

これもまた、不思議で・・・大したものです。


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さくらとれいの日常

ねこの睡眠時間・・

生き物にとっての睡眠は、覚醒と同様重要ですが、

一日24時間。

人にとってのベストな睡眠時間は、6時間だそうな。
昔は、24時間の三分の一、8時間位かと思っていましたが・・・

年齢と共に、睡眠時間が短くて済むようになりました。

我が家のお留守番ねこのさくらは、よく眠ります。

さくら


今年15才を迎える黒猫のれい

お日和がよくなってからというもの、
よく田んぼや畑にお出かけします。

昨晩なんか、自分でサッシの高い窓を開けて外出。
朝帰ってきました。

それ以外は、よく眠ります。

れい


さくらは、庭を見つめます・・

かつては、毎朝むくとふたりで散策しましたが・・
今は、見つめるだけ。

(本当はね、お庭で遊びたいんだけれど・・仕方ないもの)
さくらの、なんて不満げな表情・・。

さくら

ちょっとだけ・・歩けることも

外ねこちゃんがいない時だけね・・。
さくらの、なんとやさしい表情・・。


さくら



れいは、外が大好きです

外のねこたちに追いかけられたら、木に登り・・
自分からは決して争いません。

ひょうひょうとして、行動します。

昔から、のほほん・れいは、平和主義者(猫)です。
れいは、心が広くて寛大な猫です。

れい

さくらの指定席

茶の間のソファーは、さくらとれいの仮眠場所です。
毛布を敷いて、
爆睡さくらです。

さくらの足のきれいなこと・・。

さくら


さくらとれいの仕切りは・・

諍(いさか)い防止のために、仕切りを置きました。
視界からお互いの姿が見えない工夫です。

とうちゃんの仮眠用の小さな枕が役立ちました。

これで、平和が保たれます。
「なかよくね・・」

さくらとれい

さくらとれいは、時々、かあちゃんの取り合いをして、
家中、追いかけっこをします。

猫も、人も、愛情を独占したい気持ちは少しも変わらないようです。

確かに、好きな人の傍にいつも居たいというのは、
人だけではなく、猫だって同じなのだそうです。

そういえば・・・
むくは、いつも、かあちゃんを見つめて暮らしていました。
いつも、かあちゃんのお膝に抱っこしていました。

「むくは、かあちゃんが好きだなあ・・。」と、
いつも、とうちゃんに冷やかされていたむく。

「むく。かあちゃん、むくが大好きだからね。」
かあちゃんの口癖でしたっけ。


愛というのは、不思議なものです。

武者小路さんは、「天に星 地の花 人に愛」と色紙に書いていました。

愛は・・・人の間だけではなく、猫にも、花にも、木々にも、鳥にも、野菜にも・・・
すべてに、
愛は注がれるだけで、やさしくなれる。



「神は愛です。愛のあるところに神は居られます。」
聖書に書かれている神の本質は、愛なのだと。

なるほど・・・だから、愛すると、人はやさしくなれる。





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鈴の音・・ベルの音・・鐘の音

庭には鈴の音がいっぱい・・・

五月の26日の庭は・・・

牡丹の花びらが崩れ落ち・・
藤の花は実に変わろうとしています。

かわいい小さな鈴の花が咲き出しました。


ベルフラワー

揺れるように咲きます


ベルフラワー


すずらんの花も・・

やさしい香りを放ちながら、
まあるい小さな鈴の花。

すずらん


なるこらんに似ていますが、

あまどころ と言う名がついています

花の先の若草色が、なんとも素敵な花です。

あまどころ


西洋のおだまき


西洋のおだまきの花は、

糸巻きというよりも、
とっても洒落た鐘に見えます。


西洋おだまき



美しい藤色の花

ラッパの形をした花が重なって、
中心の花を取り囲んでいます。

なんとも、優雅な花です。

西洋おだまき

人と同じように・・・
花も、自分がどのような花に生まれるかどうかは、
自ら選べないのでしょう・・・

しかしながら、
どの花もみんな、精一杯美しく咲いています。

与えられた条件の中で、ひたすら自分の花を咲かせ続ける力・・・。

草花や木々の側から、見たら・・
人は、どんな存在に映るのだろうか?

 「人間って、なんて残酷で醜いのでしょう。」 というのか?
あるいは、
 「人間って、なんて高貴でやさしいのでしょう?」 と、言ってくれるのか?


猫の会話も聞いてみたいし・・・
花たちの会話も聞いてみたいものです・・。




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ライ麦パン・・・形と味と雰囲気と

今、凝っているパンです

ライブレッドは、本来はドイツのハードパン(硬焼き)ですが、
ハードとなると、ライ麦粉がかなり入っています。
硬くて、黒っぽくなります。

今、私が焼いているこのパンは、ライ麦粉が30%入りです。
日本人の口には合うような気がします。

白っぽい線は、ライ麦粉の細挽です。
籐でできたシンベル型にライ麦粉を振って生地を入れておくと、
生地が発酵してこういう縞々が出てきます。

焼く前に切り込みを入れると、釜伸びして、美しい十文字が出てきます。

ライ麦パン

ライ麦パンがお好きという方が結構おいでになります。
親しい方にさし上げると、
お世辞半分にしても、殆どの方が美味しいと言ってくださいます。

美味しいと言われると、更に焼きたくなって、
繰り返し焼き続けていると、
知らない間に上達してきます。

「好きこそ物の上手なれ」 と言う諺は、こういうことなのかと思えてきます。

楽しくて楽しくて、焼き続けていると、
パンの方から、焼いてくださいと言ってきます。

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ドイツのお花?ジャーマンアイリス

ひそやかに、静かに咲くすずらん水仙

かわいい花が咲きました。
白い小さな花の周りには、若草色の点々が。

一体、どんな音色を奏でているのだろう。
涼しげな、やさしい音色。

すずらん水仙


ジャーマンアイリスが咲き始め

ドイツの花なのでしょうか。
ドイツのアイリス

日本の花は、かきつばた・花菖蒲・あやめ・・・

風土の違いや、土壌の違いなのか、風情も違います。

それぞれに、美しい。


ジャーマンアイリス



一群れのアイリス

植え替えもしないのに、自然に株を増やして、
その姿が、また美しい。


ジャーマンアイリス


風情が美しい花は、しあわせを届けてくれます。

美しい風情  
子供みたいですが、わたしも欲しいかなあ。

美しい風情が。


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2011・5・19・・牡丹の花咲く

華麗に花開く、牡丹の花

5月19日 早朝。
牡丹の花が咲きました。

美しき花です。

牡丹の花


東から太陽が昇り

牡丹の花の左面を照らします。


牡丹の花

年寄りおじじの愛した牡丹の花

牡丹の花の、高貴な色は、おじじの人柄を偲ばせてくれます。
政治家であったおじじは、
もの静かで、小柄で、こよなく風雅を愛した方。

この牡丹は、年寄りおじじの人柄を、今に伝えています。

会いたかったなあ、年寄りおじじに。

私がこの牡丹をことのほか大事に思うのは、そういうところからなのです。
大雪に負けないようにと、毎年、必死で雪囲いを作ります。


牡丹の花

卒翁 梧青 辞世の句

90翁 梧青(ごせい) おじじの落款ですが、
桐の青 を意味しているようです。

90才の折に詠んだ 辞世の句があります。

おじじの辞世の句

 野生老杉 昔年 空
          卒翁 梧青 伸書

この句は、立派な古木に彫られて、
今は、私の寝室に飾ってあります。
土蔵から出てきたのを私がいただいたのです。


牡丹のある庭

母は、小さな年寄りおじじが、曾孫をおんぶして、子守をしてくれたと話してくれました。
おとなしい、いいおじじだったさ。
「死んでしまったら、つまらねえ。」と言っていたようでした。

曾孫にあたる、わが夫ですが、
年寄りおじじに似たのかどうか?
「俺は絶対死にたくねえ。」といつも言っています。

牡丹のある庭

人は生まれ・・・そして、人は死ぬ。
世の常なのですが。

中々に、その事実を受け入れることが、当たり前のことなのに・・・
果たして、大変に難しいのです。


牡丹の花が、華麗に咲くこの時期に、
いつも思い出される
年寄りおじじのこと・・・。


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むくとさくらの物語・・・その後

「十六夜のお月様・・・むくは元気ですか?」

さくらは、滅多に庭には出ません。
庭には、しゅーちゃんやら、他のねこたちがいて、さくらに飛びかかるのです。
さくらは、人見知り? いいえ、猫見知りするので・・。

さくらの仲良しは、むくだけでした。

むくは、さくらの護衛もしてくれていました。
「だって、むくは強かったのよ。」

むくとさくらは、ふたりとも、かあちゃんが大好きでした。


そして、さくらは14才になりました。

久しぶりの西の庭の散歩です。
昔、むくと一緒に土蔵の土台石の上に座ったのですが、
今は、もう座ることもなくなりました。

さくら



3年前のふたりの日常・・

あの土台石の上は、
ふたりのお気に入りの指定席でした。

むくとさくら

お留守番猫だった むく。
その後を引き継いで、今、
さくらはしっかりお留守番猫をしています。

役割分担というのは、人の世界だけではなくて、
猫の世界にもあることがわかりました。

さくらは、むくのように、それはしっかりと家の中を管理しています。

大したものです。

 思い出と記憶。

一体、猫は思い出というものを持ち合わせているのだろうか?


人は・・すべての記憶装置を創造主なる神から与えられている。
良きことも、悪しきこともすべて、記憶装置の中に収められている。

本当に、脳の装置のすごさを覚えさせられます。


 

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リラの花咲く・・・十五夜

美しい満月の夜・・リラの花

畑仕事が忙しい五月ですが、
やさしい香りを放つ、リラの花が咲きそろいました。

ライラックと言った方がいいのか? リラと呼んだほうがいいのか?
国言葉によって、発音の違いは、雰囲気をも変えさせるような気がします。

夕暮れに美しい満月が昇りました。
ほんとうに美しい月でした。


ライラックの花


大雪の下になって、

大したものです。
雪が解けたら、自らスックと立ち上がりました。

そして、思いがけないほどたくさんの花を咲かせてくれました。

畑仕事に出かける前の、ささやかな幸せの時間。
ライラックの香りを楽しむ時。


ライラックの花

なんて優雅な花でしょうと思います。

色といい、香りといい、姿といい、緑色の葉の色といい・・。


香りを放てる人になりたいと思いますが、
その香りは、自ら実感できません。

自らは、知ることができないところが、大事なのかも知れません。

自ずから・・・ということ。

ライラックの花は、風に乗せて、やさしい香りを放っています。

脱帽です。

やさしい月の光は、いやがうえにも、心を癒してくれます。
見つめるだけで、癒される。






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2011・藤の花咲く・・・お客様はクマバチ

遅ればせながら・・藤の花咲く

二十数年前に・・、
わたしと共にこの家にやって来た藤の花。

昔からこの地に住んでいたかのように、毎年咲いています。
今年も見事に咲きました。


藤の花


藤の出身地は、前橋の薔薇園

福祉施設のみなさんと日帰り外出した公園。
前橋市内にある 薔薇園に育った藤です。

当時、チャプレン・ケースワーカーをしていた私に、
電線班で働いていた利用者の方が、
何故かプレゼントしてくださった鉢植えの藤の花です。

藤の花


母は・・

我が家を訪れた方にいつも説明します。
「この藤の花、立派だねかい。すみこさんが嫁に来たときに一緒にもってきた藤ださ。」
「おらが、鉢から庭に下ろしてやったら、ここが気に入ったみてえだ。」

自慢げに話してくれる母です。

きっと、藤の花も、私同様に喜んでいそうな気がします。

藤の花咲く
田舎の原風景に似合います

田舎暮らしをはじめて、23年を迎えています。
自然の恵み、大地の恵みをいただいて、
毎日感謝して暮らしています。

きっと、藤の木も満足しているのではと思えます。



藤の花の大事なお友だちです


花開くと、必ずやって来ます。
立派な姿の クマバチ さん。


藤の花


写真を撮らせてくださいね

クマバチさんとは、代々仲良しです。
決して、刺したりしません。

クマバチさんは、藤の花と友だちのように、
わたしとも仲良しなのです。


fujinohana


羽音をたてて蜜集め

飛びながら、花に潜り込んで、蜜を集めます。

fujinohana


二人連れです・・・

今年もたくさんのクマバチさんが集まりました。

花咲き・・・蜂の集う

大自然の共存関係の美しさを知らされます。

「仲良く暮らそうね」

いつも、とうちゃんと話している会話です。

藤の花


クマバチさんは快く

クマバチさんは、今年快く写真を撮らせてくれました。

今年の正月、私の誕生日を忘れた夫が、
一週間遅れのプレゼントを買ってくれました。
それが性能のいい LUMIX というカメラです。

とても良く撮れるカメラです。

藤の花

初夏の訪れを告げる、美しき花 藤の花。
我が家の庭に、今年も初夏を告げに香りを放ちます。

藤の花咲く

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七変化のもみじ・・・美しき変幻

セレモニーですか?

春先のお目見え・・・
七変化のもみじの春は、真紅色からはじまり・・。
心ときめく、朱鷺色に変わり、
そして、今、微妙な橙色。

夏場の緑への行程です。


七変化のもみじ


ブナの若木が見上げます

ハーブの畑の、小さなブナの若緑。

七変化のもみじ


花の朱と、あたらしげなるうす緑

変化は、特別ではない・・・

変化は、日常なのだと言うことが、納得できる瞬間。
それが、よいかわるいかは、別として、
常に変化して止まないのが、生涯かも知れない。
人も、木も、小動物も・・。

瞬時も変化している。

七変化のもみじ


雨に打たれて・・

冷たい雨に打たれる光景が、
七変化のもみじの涙に見える・・

もみじの古木は、哀しいのかなあ?

もみじの赤い花と、雨の足跡が、美しい。

雨に打たれて、若々しい 緑の葉が産声を上げる。


もみじ

七変化のもみじの木の、
本当の葉の色は、一体何色だろう。

人の性格と似ているような・・・

昔から、「人は環境や歳月によって変わっても、その人の本質は変わらない」

と言われています。

わたしは、どちらかというと、本質論が好きでした。

そして、大切な真理そのものであるイエス様に出会えました。

七変化するもみじの木の、
本質は・・その七色すべてなのですね。きっと。

「あなたは、あなたとして、あなたらしく生きなさい。」

もみじの古木は、いつだって偉大なことを教えてくれている。





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母の日・・・新緑の緑

母の日礼拝

過ぎる8日は、母の日。
協力牧師をしている教会で、母の日のメッセージを語りました。

そして、礼拝後、
姉と高崎イオンの中にあるチキンの専門店で、昼食を食べました。
昔、末っ子の私に、たくさん良くしてくれた姉に、
感謝を込めてごちそうさせてもらいました。

火曜日の夜に帰宅すると、
かつての若い同僚から、母の日のお花が届いておりました。
花が届くようになって、もう、何年になるだろう。

冗談で・・「家の娘になる?」というと、
「はい。なります。」と言う答え。
「まさか、お母さんが困るでしょう・」


hahanohi


雨の中、一週間遅れの藤の花

寒い日が続き、遅ればせの開花です。


fujinohana

うすむらさきと若緑

配色は、この上もなく美しい。

雨のせいか・・
寒さのせいか・・
まだ、クマバチは姿を見せません。

藤の花


ほうの木の新芽

ほうの木は、芸術家です。
今年は、花は咲くのだろうか?


ほうの木


ブナの新緑は宝石のよう・・


ブナの緑

人を癒すブナの緑

新緑のブナの葉のやわらかさは、ブナの木の性質に似ています。

ブナは、新緑時には、限りなくやわらかく、
秋の落葉の頃は、

ブナの新緑

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白花・いかり草・・・人生の碇

毎年、庭の片隅に・・・

白い花のイカリ草。
スズランの葉陰で、目立つこともなく、楚々と咲いています。

この時期、母が草取りをしていて発見します。
「イカリソウが咲いてらあ・・」と、母。

か弱い茎。やわらかい葉。優雅な小さな花。

花の形が、船の碇に似ているとは言え、
重たい碇のような風情はありません。


q

海洋に船が停泊する折には、碇を下ろして・・・とは聞いていますが。
船を一定の場所に停泊させるための重しの役割を担う重要な道具。


人生にとっての”碇 ”とは何だろう。
 
ともすると、根無し草のように、様々な出来事に翻弄されがちな人の暮らし。

ああではない。こうでもない。それではどうなのか?

人にとっての安全・安心を保つ 碇とは何か。

再度、問うている自分がいる。


やさしい、か弱げな 白い花、
”イカリソウ ”が、大切な問題を提起してくれている。

高齢者のお仲間入りの年齢を迎えて、今、
自分の中で色々な事柄を整理し始めている自分に気付く。

「たとえ、他人の目には、余程、か弱そうに見えても、我は 碇草!也。」

自分の中に、たった一つの碇が据えられている。
わが神、わが主 イエスキリストこそ、我が碇なり。








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大自然のめぐみ・・・山菜

今年もまた、こごみが芽吹きました

北の裏庭に昔からある、こごみ。
毎年、里の山菜を提供してくれます。

仲良しの家族か?
はたまた、真剣な相談か?
こごみの風情は、なんともかわいいのです。


こごみ



「ごめんね。頂戴ね。」

摘んでも摘んでも、生えてきます。
ちょっと、採らずにいると、
もう、大きなシダ状の葉になっています。

ほんのわずかな時期だけいただける、やさしくて、遅い春の味がします。
竹ザルに載せると、ふんわりクッションのようにやわらかいのです。
若い緑色が、心を癒してくれます。


里のこごみ


ウドの新芽

里のウドです。
山ウドほどには、香りは強くはありませんが、
ウドです。

天ぷらにしていただきました。

うど


塩茹でしたこごみは緑が鮮やかです

沸騰したお湯に塩を多めに入れて、サッと茹でて。
冷たい水の中に入れると、鮮やかな緑色。


こごみを茹で



ゴマ和えがおいしい


マヨネーズをかけるだけでも美味しいのですが、
いりゴマをすり鉢で、よくすりつぶし、
砂糖・だし汁・醤油を加えて混ぜるだけですが、美味しくできました。


こごみのゴマ和え

田舎暮らしをはじめて久しいのですが、
毎日、命をいただいて暮らしていることを覚えさせられています。

「ありがたいねえ。」

庭の周辺に、季節の旬の野菜が、毎年決まったように与えられています。

土は、本当にありがたい。
命を支えるための、様々な命が与えられている。


太陽の恵み。
雨の恵み。
土の恵み。

創造主である神様は、細部にわたってご配慮をした上で、
大いなる大地を、人間に委ねられた。

「あなたは生きることを選びなさい。」
こう語りかけられた、旧約時代の人がいました。

生きること。

最近、とみに老いが進んできた母。

お隣のおばあちゃんは、半月は老人施設を利用。半月は自宅。
自宅に帰れることを楽しみにして暮らしている。と、お嫁さんが話してくれました。

母の場合は・・、
なんとか、なるべくなら自宅で、自由に暮らしてもらいたいと思っていますが、
ここへきて、物忘れは、名人級になりました。
今言ったことも忘れます。

「困ったなあ-。おらの頭、どうかなった・・。」と母。

「大丈夫よ、お母さん。今を生きてるんだから。」と私。


仕事で私が不在になる4日間。夫はさぞかし大変かと思う。
反面、少しだけ、母に緊張感をもってもらうのもいいのかも知れない。とも思う。

老いと死。
人間が必ず迎えるべき瞬間を、私は今から備えていたいと思う。


西行は、
 願わくは 花の下にて春死なん その如月の望月の頃
桜の花の咲く頃の、二月の満月の頃に死にたいものだ。と詠みましたが。

わたしは、
庭先におびただしく咲き競う、
黄と白のやさしいラッパ水仙の花々を見ながら・・、
そうか。北信濃に住む私は、5月の新月の頃に召されたいかなあ?と思いました。
私の棺には、花屋さんの花ではなくて、庭先のラッパ水仙だけでいい。

本当は、小さな房咲きの、日本水仙がいいのですが、
如何せん、寒い北信濃では、雪が多くて咲き時が合いません。

しかし・・・厳粛な事実として、
時は・・誰にも選べませんが。







theme : *写真で残す日常*
genre : 写真

軒下に咲くすみれ

今、いる場こそ・・

西の庭に面した廊下の、軒下。
踏み石用の切石の横に・・・一群れのすみれの花。

庭の草花の中で咲くすみれとは、一味違って見えました。

逞しい・・・。そういう表現がぴったりの咲き方でした。

雨水の恩恵も無く、
給水の恵みもなく、

乾いた地面の上で、かろうじての水分を吸収している。
その花からは、必死 という雰囲気さえ感じさせられる。

軒下のすみれ
野に咲く花の強さを知らされます。
「ここもまた、地球の大地の一部ですから・・・」と、
けなげなすみれの声が聞こえてきそうです。

改めて・・・土のもつ不思議な力を覚えさせられます。命を育む土。


さくら散る・・

強風に散り吹く、桜の花びら。
風の表情が、そのままに目に見える。

風は、本当に、思いのままに吹く。

桜は、風に逆らいもせず、吹くにまかせ、風に乗る。

水面に漂う花びら。
安住の場を得たような、靜やかな風情に驚かされる。

散ることは、悲しいことではなく、必然であることを承知している。
「あるべき場に、今、居るだけですから・・。」

今を、あるべき場として、現実を受け止められる生き方。

桜散り

「誰のせいでもありません。ただ、神の栄光があらわされるためです。」ヨハネ福音書

主イエスキリストの言葉ですが、この言葉によって、どれほどの人が救われたことでしょう。 


生まれつき盲目に生まれた人が、周囲の人々から、
「お前が盲目に生まれたのは、両親か、お前自身が罪を犯したからに違いない!」と断罪され、
罪の結果だ!と責められました。

その時、イエス様が語られた、やさしくも威厳に満ちた宣言です。
その後この盲目の男性は、主イエス様に癒されて見えるようになったと記録されています。

生まれつき盲目であったこの人は、理屈抜きに、この奇跡を通して、
イエスが神の子キリストであることを信じ、証言して止みませんでした。

証言とは、こういうことなのだと、思います。
たとえ、すべての人が否定したとしても、
自分の身に起こった事実を否定することは、絶対にできない。

自然界にひたむきに咲く花を見ていると、
イエスキリストの証言者として生きるとは何かを、
単純に教えられるような気がしてくる。




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時々刻々・・・もみじ・一人静

春の作付けの時節到来

朝からパンを焼きました・・
お隣の家のおばあちゃんは、以前、詩吟を習っておりました。
母も同じ詩吟仲間でした。

とても、頭のいい方で、穏やかで、もの静かなおばあちゃんです。
「パンはお好きですか?」と聞くと、にっこり笑ってうなずかれました。
米粉が40%入った丸パンを焼いてさし上げたら、
おばあちゃんが、私の焼いたパンを美味しいと言ってくださいました。

それで、今度は食パンを焼いたのです。


五月のもみじ


トウモロコシの苗の植え付け

5㎝程に育った、トウモロコシの苗の植え付けを手伝いました。
庭の南西の畑に。

手を休めて、もみじの木の観賞。

あたらしいもみじの芽


太陽の陽光のような・・・

七変化のもみじの葉が、陽光のように見えます。


紅葉ではなく新緑


茜から朱鷺色に

緻密に・・・計算し尽くされた、神秘的な姿が見えました。
これは、もう、神様にしかできない・・

自然のひとつひとつの姿の中に、
創造主の御手を感じます。


美しい七変化のもみじ


雪割草の終わりと、一人静の始まり

すべてのことには始まりと終わりがある。
偉大なるソロモン王が箴言と伝道の書の中で語った言葉。

確かに・・・
何事にも、初めがあり、そして、終わりがある。

花の世界には、明快なる姿が見られます。


かわいい清楚な雪割草は、咲き時を終えて、
静やかなる山野草、一人静の花は、始まりを告げる。

「わたしたちは、私たちの時を充たしましたので。」と、雪割草。

雪割草から一人静へ


一人・・・静かに

一人で静かに考え、物思う時。
自分は何者か?
自分はどこから来て、どこへ行くのか?

それを知っていると語ったお方は、ただおひとり、
主イエスキリスト様のみ。

「わたしは、父(神)の御元から来た。そして、再び父(神)の御元に帰る。」
と、主イエスは語られました。


一人静


個として生きる

人は一人では生きてはいけない。
多くの人々の助けや力を借りて生きている。

しかし・・人は、個として生きる宿命をも負っている。
自分の与えられた運命を抱いて、自ら生きなければならない。

そのひとりひとりに、
主なる神は、救い主イエスキリストを通して、
共に生きてくださろうとしている。

個として、主なる神に向かい合う。

ひとりしずか


強風で手折れた水仙

引き取って、台所のコップに入れました。
昔のままの台所が、ぱあーっと明るくなりました。

どこにおいても美しい水仙の花。
折れていたのに、生き返りました。


水仙

復活を象徴するかのように、
水仙の花は、あたらしい命の時を得たようでした。

復活を信じることのできた恵みを、深く感謝できた一日。


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七変化のもみじ・・・花咲く

もみじのかんざし・・

七変化のもみじの新芽が、真紅の輝き。
そして、ちいさな赤い花。まるで、かんざしのようにかわいい。

その花の赤い顎から、朱鷺色の葉が顔を出します。

七変化のもみじ


七変化する葉


春は、真紅。

そして、朱鷺色。


七変化のもみじ


大きなもみじの古木の・・

小さな、ひとつひとつの葉に、

それぞれのドラマがあります。

同じように見えて、決して同じではない。


世の中に、同じものなんて、存在しないのですね。
木も人も・・・。

それ故にこそ、美しく。
そして、尊い。

七変化のもみじ



調和・・・個の大切さが見える大きな木


全体の中で、個が担う役割がある。
大きな幹を中心とした、大きな生命。

七変化のもみじ



満開の桜は背景となり

七変化のもみじの木に、
満開の桜は、主役を譲ります。

かすみか雲か 匂いぞいずる・・
花霞は、真紅の芽吹きの演出を受け持っています。

自然界の、いとも麗しき 調和。

もみじ



おしゃれ子狐・・

こぎつねコンコン 山の中 (山の中)
草の実つぶして お化粧したり
もみじのかんざし つげの櫛

こんなに美しいかんざしなら、
わたしも髪に飾りたいかもしれない。

a

美しいもみじの、七変化の序章がはじまった晩春。


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イースターの七日後・・・ヘレボレスニゲル開花

復活されたイエス様は・・

5月1日の礼拝。

十字架で神の小羊として、全人類の罪を負い、血を流された主イエス様。

今から2000年近く前の日曜日の早朝・・。死から甦られました。

そして、
復活された主は、弟子たちに会い、力づけられました。

信じられないことが、歴史上の事実として起こったのです。
弟子たちも、動揺しながら、喜び、
怖れながらも、信じました。


ヘレボレスニゲル


復活された主イエス様は、

その殆どは、日曜日にお姿を現せることが多かったとあります。
復活された朝。

復活の主が、弟子たちにお姿を頻繁に現された日が、日曜日であったことから、
キリスト教会は、日曜日を主の日として聖別して、
主日礼拝を守るようになったのです。

それ以前は、ユダヤ教の安息日は、土曜日でした。
(金曜日の夕方6時から土曜日の夕方6時までが安息日として守られていました)


ヘレボレスニゲル


イースターの時節の白い花

むくの眠る西の庭に、昨年は一輪。
今年は、こんなにたくさんの花を咲かせてくれました。

もみじの枯葉のお布団の中で、春を待っていたのです。

ヨーロッパの国の言い伝えに寄れば、
早春の、花の少ない時期に、
かわいい少女がイエス様を祝うために作った花束だったようです。

それで、”イースターフラワー ” との、
名誉ある名前が付いたようです。

イースターの花


冬中、地中深く・・

白百合も、水仙も、
長い冬を地中深く眠り、春の訪れと共に、
うるわしく花開く。

主イエス様の死と復活を象徴する花々です。

白ラッパ水仙


花たちは歌う

神の大いなるみ業を讃える。
命あるものすべてが、讃えるべき神の愛を、
花々は、咲くことをもってひたすら、誉め讃える。


口紅水仙


人は、何をもって、神の大いなるみ業を讃えるのか・・。
その生き方をもってしか、神を讃える術はないのかも知れない。

主の聖餐・・・主が弟子たちに教えられた儀式。
パンとぶどう酒(ブドウジュース)

この中には、大いなる神秘が込められています。

パンは、キリストのみ身体を象徴し、
ぶどう酒は、キリストの流された血を象徴している。

天才、レオナルド・ダ・ビンチ が描いた傑作、
”最後の晩餐 ” は、その時の光景を描いている。

パン裂き礼拝として、この主イエスの記念として、世界中が恵みに与っている。

パンをいただき、ぶどう酒(ジュース)をいただき・・
主がいつも共に居てくださることを感じながら生きる(暮らす)

主と共に生きることをもって、神を讃える。

ヘレボレスニゲル。
水仙。
桜。
七変化のもみじ。
雪割草。
そして・・・人間。

主なる神に感謝して、そして、生きよう。

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プロフィール

moyasakura

Author:moyasakura

奥信濃・千曲川のほとり・・・
古い萱葺き屋根の家で、
夫と義母と賢い猫たちと
楽しく質素に暮らしています~♪





旬の新鮮な食材を使った私の手作り料理を紹介します~♪

日経リビングスタイルロゴ

日経ネット「リビングスタイル」で紹介していただきました。

☆信州の新鮮で安心な食品は
しなのえちご屋で販売しています。
主人が実直に運営しておりますので覗いてみてください。

新鮮・安心な食材


キッチンぷいぷい

毎日放送の取材を受けました。
浦上 浩 先生のネマガリダケのレシピがあります。

J-WAVEロゴ

J-WAVE BOOM TOWNで
紫アスパラの取材を受けました。
(2006年5月16日放送)

FM長野ロゴ

長野エフエム放送の取材を受けました。(2006年夏放送)

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