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田舎の、サンセット

五月最期の落日・・

寒い毎日が続きます。
植え付けた野菜の苗は、大きくなれずに、
足踏みをしていて、かわいそうな気がします。

夫と、共同作業で、蒔いた黒豆の種。
畑に見に行ったら、芽吹いた芽は、片っ端から、
鳩さんが、千切っていました。
鳥よけの糸を、苦労して張ったのですが、効き目なし。
今時、鳩さんの食べるものがない時期なので、仕方がないのですが。
「また、蒔けばいいよね。でも、ひどいよね・・。」

結構、がっかりしている自分がいて、
そんな自分に、びっくりしている・・。

落日の田んぼ


落日を受けるあやめの花

太陽の光を恵みとして受け留めているのは、
人だけでなく、植物たちも、個として向かい合っている。

夕日に浮かぶ、あやめのシルエットは、
まるで、創造主からのメッセージを、
厳かに聴いているように見える。

サンセット


田かきの終わった水面

大自然の、鏡の役をこなしている。

夕日に染まる、うつくしい黄昏の空と雲が、
田んぼの鏡で遊ぶ。

こんなに、平和な光景が、他にあるのだろうか?

サンセットミラー

人生の落日に向かって・・

母と暮らしていると、人という存在が、
どのような経緯で老いに向かうかを、毎日、教えてくれている。
日々、記憶の機能が低下していくこと。
目に見えて、体力が衰えていくこと。

これが、人間の終焉への道筋なのだということ。
20年後には、必ず、わたしにも訪れるであろう現実。

「おら、もうダメだあ。百姓もしたくねえし、ずくもねえし・・。」
「お母さん、今まで、ずっと、働いてきたんだから、いいんじゃない。」
「そうださなあ・・。畑も、教えることくれえは出来らさ。」
「そうしてくれると助かる、おかあさん。」

買い物に行って、苺やさくらんぼを見ると、
お母さんに食べさせたくなって、毎回、買ってきてしまう。
お母さんの喜ぶ顔がうれしくて・・。

毎日願っていること。人生の終わりを迎える日まで、
おだやかに、のどやかに、過ごしてほしいと。

落日


年老いた、もやばあちゃんも・・

我が家に来て、もう15年以上も生きてきた、もやは、
随分、年をとりました。
3匹の子供が成長して、孫が生まれて・・・うるさくなったもやは、家を出ましたが・・
数年前、再び家に戻りました。

この頃は、とみに、甘えたがります。
なにかと、わたしのお膝に乗ったり、とうちゃんの膝に両手をのせてくつろいだり・・

老いと共に、心細くなるのだということが見えます。
老いを迎えると、人も、猫も、植物も、
あたたかい交流が、
なによりの宝物なのだということがわかってきます。


もやは、おやすみ


眠り・・休息・・

花カタバミのかわいい花。

夕暮れと共に、眠り・・・
日の出と共に、目覚めます。

その表情が、みんな違うことには、驚かせられます。
それぞれが、それぞれの花を咲かせている。

hanalatabami


サンライズ・・サンセット・・
サンライズ・サンセット・

日は昇り・・日は沈む・・

人は生まれ・・そして死ぬ・・

キリストにあって、生まれ・・そして、キリストと共に永遠に生きる・・


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theme : *写真で残す日常*
genre : 写真

木陰に咲く、テッセンと二輪草

木陰になっても、美しく咲きました

もみじの若木が、成長して葉を繁らせたので、
昔から住んでいる ”テッセン ”の花は、木の陰になりました。
それでも、美しく咲いていました。

「大丈夫です。木陰でも、咲けるのですよ。」

紫色のお星様の花が、星座のように輝いています。

tessenn


八枚の花びらが風車のように・・・

そう・・風車というか、
かざぐるまのように、クルクル回りそうな花。
もしも・・・この花が回ったら、
むらさき色の風が、吹くのでしょうか・・

tessenn


蔓の下の方では・・・

白い、かわいい二輪草が、仲良く咲いていました。

「ねえ、木陰も、いいでしょう?」なんて話しかけているみたいでした。
「それにしても、美しい紫色なのね。」


tessenn


二輪草の花・・

本物の二輪草の花とは、ちょっと違うのですが・・
(この花は、山に沢山咲いている花なのです。)
かわいいのに、強い花です。
土にさえ、放してくれれば・・・どんな場所でだって、咲けますよ。

日当たりのいい場所でも、
日陰でも、
どこでだって、生きれるのですよ。わたしたち山の二輪草は。

環境を選ばない花がある。

nirinnsou


逆境が育てたかわいい強さ

山の木々の木陰が住処だった・・
生い茂る雑草の中が住処だった・・
弱肉強食の世界が、植物の世界にもあるようです。
この花は、増え広がると、雑草をも寄せ付けません。

”みやましゅうめいぎく ” と言う名が付いていたように思いますが、
安穏な環境で育つことの少なかったであろう花は、

自然児の、しなやかさと、やさしさを併せ持っている。
”しなやかさ ” というのは、如何なる環境にあっても、自らを見失わない。
”したたかさ ”との違いは、その中に、いつも、やさしさと、かわいさを失っていないこと。

nirinnsou

先日、
世田谷区のボランティア講座のシンポジストを務めたわたしの友が、
電話してきてくれた。

重度の障害を持つお子さんのお母さんたちの、
その明るさと、強さと、やさしさと、前向きな姿について。

「人間て、人生で多くの苦しみを経験すると、
 本当の意味のやさしさが身につくのねえ。」と。

予言者イザヤが、神の言葉を伝えています。

主は言われる。
わたしは、悩みの炉であなたを練った。イザヤ書 48章10節

苦しみや悩みが、人間の心と、精神と、思いを練り鍛え、聖別する。


そういえば、人生において、深く、悩み、苦しみ、痛んだ人は、
本当のやさしさを持っている人のように思えます。

そういう方こそ、神に愛されて、神に選ばれた方なのだと思えます。

「憐れみ深い人は、幸いです。」
主イエス様は、そう、語っております。






theme : *写真で残す日常*
genre : 写真

花たちの庭

青い空・白い雲・・

今年も、冷夏が予想されるそうな・・。
野菜たちは、育つのかなあ?
でも、聖書の中に、
「人は種を蒔く。しかし、成長させてくださるのは、神である。」
と書いてあるので、冷夏でも、猛暑でも、
どちらにしても、祈りながら、野菜を育てようと思う。

青い空が、うれしい。
白い雲が、うれしい。
そして、紫の菜の花もうれしい。

遅番の・・・ナツメの古木が、芽吹いてきたのも、
また、うれしい。

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きれいな花・・・

のびのび・・自由に咲いているのが、いいのです。

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むくは・・・お花に囲まれてしあわせ・・。

都忘れの花が、
やさしく、クリスマスローズの花を囲みました。
「わたしたちが、守ってあげるから・・・」

なるこゆりの花も、しずかに見守ってくれています。
「むく。よかったね。」

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しゅうちゃんが、西洋オダマキにごあいさつ

ピンク色の西洋オダマキの花。

しゅうちゃんが庭石の上に上がって、
「・・・きれいだよ。」

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顔をすり寄せて・・・

しゅうちゃんは、男の子ですが、
お花にうっとりです。
「・・・だって、きれいだもの。」

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本当なら・・・さくらがお花を観賞していたのですが・・

チーママ一家が、すっかりお庭を占拠してしまいましたから・・・

でも、時々、チーママ一家がお昼寝中とか・・
西の廊下から、さくらとかあちゃんは、
こっそりお庭を散歩したりします。
れいも、西の廊下から出入りすることが多くなりました。

いたずらには、争わない ようです。

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末っ子しゅうちゃんの、処世術・・

しゅうちゃんは、兄や姉のように、体は丈夫ではありません。
兄と姉は、俊敏で、野性的で、言ってみれば、野良猫優等生。

しゅうちゃんは、体は小さいですけれど、その代わりといってはなんですが、
野良猫業が、性に合わないと知っているのかどうか?
人間に甘えるのが、とても上手なのです。

玄関を開ければ、サッと風のように入ってきます。
茶の間のサッシを開ければ、すかさず、コタツの布団にくつろぎます。

自分の能力を知って、如何に生きるべきか。
生き方を決めているように見えます。
「・・・ボクは、人に愛される猫になろう・・。」

f


誰一人として、運命を選ぶことは出来ない。
どの時代に生まれるか。
どこの国に生まれるか。
誰の子として生まれるか。
誰の兄弟として生まれるか。
この地上で何年生きられるか。
どんな風に死ぬか。


何も選べないのですね。

しかし、与えられた人生を、どう生きるかだけは選べる。

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genre : 写真

アヤメ咲く頃・・

生い茂る草の中で、アヤメ咲く・・・

そういえば、今年、アヤメは咲いているのだろうか?
草が生い茂る庭の土手に、アヤメをさがしてみました。
昼に外出した折、
村の中の家々の庭に、紫の姿の美しいアヤメが、
今を盛りと咲いていたのを見たのでした。

アヤメ科 アヤメ属 あやめの花。
因みに、燕子花も、花菖蒲も、いちはつも、しゃがも、
みんな揃って、あやめ科の花なのです。

a


生い茂る草の中で・・

生い茂る草の中で、咲いていました。
我が家のアヤメの花。

草たちも、花のような顔をしていました。

花かたばみ・はるじおん・たんぽぽのわたぼうし・姫おどりこ草・おおいぬふぐり・・・・
雑草の中でも、花の色の藍紫の色だけは、
ひときわ、引き立っていました。
「さすがだね、あやめさん。」

b

暴風で傷ついた花・・

花の命は短くて・・・林芙美子はそう詠いましたが、
今年のあやめの花・・・傷がみえます。

あやめの花は、9枚の花びらがあるように見えますが、
やさしく、垂れ下がっている花びら三枚は、萼なのだそうです。
立っている花びら3枚が、花びらで、
横に飛び出ているのが、雌しべ。
雄しべは雌しべの下に隠れているのだそうです。

9枚の花びらは、完全に調和が保たれています。
・・・美しさは、調和なのかも知れません。

あやめ


萼(がく)の働き・・・

すべての花には、萼が見られます。
萼の務めは、花と花びらを守ること。
花が、蕾をつけた時から、萼の使命がはじまる。

あらゆる風雨から、花を守り、死守する。
咲く寸前のあやめの蕾は、
西洋の騎士みたいに見えてきます。

あやめ


己が努めを知り、任務を果たす

すべての造られたものには、それぞれに使命が与えられている。

己が使命を知り、
認識し、
万全の備えをして、

自ら与えられた使命を果たす・・・

ayame

庭の土手に咲くアヤメは、
堂々と、さりげなく自分の役をこなしている。

わたしも、残り少なくなった人生の中で、
さりげなく、自分に与えられている使命を果たしたいと思う・・

アヤメの萼みたいに・・。




theme : *写真で残す日常*
genre : 写真

ルピナス・西洋オダマキ・・・美しい藤色の花

天と地と・・

藤の古木は、
おびただしい数の、60センチもの花房を、大地に向かって咲かせましたが、

ルピナス(昇り藤)の草花は、
ひたむきに、美しい藤色の花を、天に向かって咲かせました。

似ている花は・・・・似ていない。
花の色も、花の形状も、一見似ていますが・・・
目指す方向は、天と、地との違いが見られます。

昇り藤


”ルピナス ”と言う名前・・

ルピナス属、マメ科の花。
”ルピナス ”の名の由来は、
なんと、狼に 由来すると言うことです。

こんなに、うつくしい花と、オオカミ。
どんな関連があるのでしょう?

この草花は、吸肥力が抜群で、
その強さが、オオカミになぞられたそうです。
オオカミの目は、とても美しいのですけれどね。

因みに、和名は、ハウチワ・マメ属 だそうです。
広げた葉が、団扇(ウチワ)のようだからだそうです。

ルピナス


西洋オダマキの美しい姿・・

優雅な佇まいの花。
本名は・・・”アキレギア・ブルガリス ”

きんぽうげ科の、オダマキ属の花。

比較的、寒さに強い花なので、
北信州の我が家でも、美しい姿を見せてくれています。

うすむらさき色と、淡い、うすピンク色と、やさしい白色との
重なり具合が、絶妙なのです。

それに、かわいい角も、魅力的なのです。

西洋オダマキ


昨日・・

友と絵画鑑賞に行きました・・・
小学校時代の、大切な友とふたりで。
折から開催中の、ボストン美術館展 
六本木プラザの52階、森アートギャラリー。

大好きな、大好きな、レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン。
彼が28歳の時に描いたという、2点の肖像画。
天才・レンブラントの
28歳の時の作品は、完璧な作品でした。

わたしは・・・・28歳の時に、神学校を卒業しました。
ほやほやの、キリストの伝道師でした。

マチス展も見ましたが・・・
180点の作品は、多すぎて、少々疲れました。
マチスの使う、黒は、それはすばらしく魅力的でした。
マチスは、革新 を目指した画家だったようです。

西洋おだまき

それにしても、モネの描いた風景画の中で、
光が踊っていました。

コローの使う絵の具の、魂を休める色調に心惹かれました。

そして、キリストの受難を描いた作品の前で、
沈黙しました。

地下鉄に乗って・・・ふたりで乗車すると、必ず席を譲られて・・・
「そんなにわたしたち、老人に見えるのかしらね?」

と、感謝しながら笑いました。


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genre : 写真

ベツレヘムの星・・・花ニラ

庭の片隅に、地上の星・・

この白い、かわいい星の花は、花ニラです。
ゆり科の花で、別名を、”ベツレヘムの星 ” と呼ばれているそうです。
わたしは、”地上の星 ” と思ってみていましたが・・。

学術名は、 イフェイオン とか。南アメリカが原産地のようです。

星は見上げるものですが、
この星は、大地を見つめるものです。

地上の☆


地球も、星のひとつですが・・

ベツレヘムの星 と呼ばれるこの花は、純白の花。
地球という星は、青い海の色。

自分の住んでいるこの地球という星が、
あんなに美しい青い星だなんて、思いもよりません。

”水の惑星 ” 
創造主である、主なる神様は、人間を創造したときに、
特別なお計らいをしてくださったようです。 

先だって、テレビで、
科学者の方が、地球についての不思議を話されておりましたが・・
おびただしい星が、宇宙に存在していますが、
地球だけは、特別に他の星とは違った水の惑星になっていると・・。


わたしは、科学は、得手ではありませんが、
ただ・・・
神様が人間のために、天地を創造してくださった記事を読むと、(創世記・・べレシット(はじまり))
そうだったのかと、理解できるのです。

花にら

神は、大空に、大きな光を造られた。大きい光(太陽)には、昼をつかさどらせた。
次に神は、大空に小さな光を造られた。小さい光(月)には、夜をつかさどらせた。
そして、大空に星を造られた。   創世記1章 16節

地球上に生きる生物には、水と光と空気がどうしても必要なのだと・・、


我が家の庭の、片隅に、出現した、
”ベツレヘムの星 ”

ベツレヘムというのは、へブル語では、”パンの家 ” という意味があります。

神の御子、イエスキリスト様は、ユダヤのベツレヘムでお生まれくださった。

”命のパン ”として、神から離れてしまった人間に、
ご自分の命をお与えになるために・・。

イエスは言われた。
「わたしが命のパンです。わたしに来るものは決して飢えることがなく、
 わたしを信じる者はどんな時にも、決して渇くことがありません。」
                    ヨハネ福音書 6章 35節

「わたしは、天から下って来た生けるパンです。
 だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。」
                    ヨハネ福音書 6章 51節

信仰とは、
神が天から送ってくださった、ナザレのイエスを、神の御子イエスキリストであると信じること。
祈りとは、
この救い主、イエスキリスト様が、心の中に共にいてくださること。


我が家の庭には、ベツレヘムの星がいっぱい!
どうりで、しあわせなはずです。


theme : *写真で残す日常*
genre : 写真

牡丹の終わりは・・・はじまり

今年最期の牡丹の花が・・・

花びらが、崩れるように散っていきます。
15あった花は、2輪を残すのみ・・。
あまりにも華やかで、美しい花 ”牡丹 ”

牡丹色の花びらは、太陽光を受けると、光り輝きます。

きっと、太陽も一目置いているのかも知れません。

それに、この家の庭では、
”七変化のもみじ ”君と共に、
”牡丹 ”の花は、
年寄りおじじが、特別に取り寄せて植えた花木なのですから・・。

牡丹


横顔も・・・葉も、素敵なのです。

時折・・・花の横顔を撮りますが、
後ろ姿もですが、

人間の心を投影するかのように・・・
憂いを見せることがしばしばあります。

花も、憂いを見せるのですね。

きっと・・・愛する猫のさくらが、
時折、哲学しているような表情を見せるのと、似ています。

次の日に見たら・・・牡丹の花は、花びらを地面に落として・・・
咲き終わりました。
今年も、たくさんの美しさを、ありがとう。
尊敬する、年寄りおじじのことを、今年も思い出させてくれて・・・。

牡丹の花


牡丹の終わりは、紫菜の花のはじまり・・・

バトンを渡す・・・。

むくとさくらの物語の、ふたりが、よく待ち合わせた場所に、

小川のほとりの、ナツメの古木の下に、
美しく咲きました。

むらさき色の花をつけた、菜の花。・・・と勝手に名付けた花。

この花は、緑にとてもよく似合う花なのです。

紫菜の花


自分を愛するように、互いに愛し合いなさい

緑に似合う花。
ということは・・・地球に似合う花なのでしょう。
特別でなくて、そこいらの、どこででも咲く花。

周囲にある花たちを、損なわない。

相手を生かせたら、どんなにいいでしょう。

共に、生かし合える関係というのは、
きっと、平和の大切な要素であると思えます。

自分が生き、そばにいる相手も生き・・・。

むくとさくらのふたり・・・従姉妹同士の猫たちは、
それはそれは、よく似合っていましたっけ。

お互いが、よりかわいく、より引き立って見えるのでした。


そんな、関係を、さりげなく生きれたら、
どんなにしあわせでしょうと思います。

わが愛する主、イエス様は言われました。

「自分を愛するように、互いに愛し合いなさい。」
「自分が神に愛されたように、愛しなさい。」

「自分が神に受け入れられたように、受け入れなさい。」
「自分が神に許されたように、許しなさい。」

基本は、やはり、主イエス様の愛・・・。
何故なら、
生まれながらの、自分の愛は、余りにも、自己中心でしたから・・。





theme : *写真で残す日常*
genre : 写真

沈黙の声・・エビネの花咲く

風は思いのままに吹く・・

いつもは、
丸い葉を広げて、おだやかに立っている ほうの木。
ここ数日、日本列島を覆っている低気圧の為か、
大風に吹かれて、葉が、吹き飛ばされそうな勢いです。

大きな、蕗の葉っぱみたいに、
暴風に流されていました。

主イエス様のもとに、
夜、人目をはばかって、イエス様を訪れた、
サンヒドリン議会の議員であったニコデモとの対話。
”新生 ” の必要性を語った折の言葉でした。

「風は思いのままに吹く。あなたがたは、その音は聞くが、
 それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれる者もまた、同じである。」
                      ヨハネによる福音書 3章 8節

風は、目に見えない。しかし、風が存在することは、揺れる木々を見ればわかるでしょう。
霊的な存在も、また同様なのだよ。

大風に揺れるほうの木


もみじの木は、どよめいて・・

嵐の中で、辺りを揺るがし、
葉が千切れんばかりに風になびき、
思わず、祈り出したくなるほどの勢いでしす。

「もみじ君、大丈夫?」

大風に揺れるもみじの木


桜の木も・・

大揺れに揺れて・・・
ビューーゥゥーー
ザヮ・ザヮ・ザヮ・ザヮ・・

風に揺られて、枝が折れてしまうのではないかと、心配になるくらい・・。

大風に揺れる桜の木


大風の中に、沈黙の声を聴いた予言者エリヤ

夜間の風は、暴風そのもの。
台風が来たのではないかと思うほど・・。
ふっと、心配がよぎる・・・
しかし、
聖書の中に書かれている言葉が、思い出されました・・。
主なる神は、大風の中で語られた・・。

昔、偉大なる予言者エリヤは、その生涯の中で、偶像礼拝する王と群衆を相手に、
主なる神が、唯一、生きておられる真の神であることを証明した後に・・
挫折し、逃亡し、ほら穴に隠れ、主なる神に向かって、死を願った。と書かれています。
                            列王記第一18章~19章

主なる神は、エリヤに応えて言われた。
「エリヤよ。あなたはここで何をしているのか。」と。そして、主は、
「外に出て、山の上で、主の前に立て。」と仰せられた。

すると、その時、主が通り過ぎられた。
主の前で、激しい大風が山々を裂き、岩々を砕いた。
しかし、風の中に主は居られなかった。
風のあとに地震が起こったが、地震の中にも主は居られなかった。
地震のあとに、火があったが、火の中にも主は居られなかった。
火のあとに、沈黙の声があった・・。

大風に揺れるまゆみの木


沈黙の声・・・

主は彼(エリヤ)に仰せられた。
「さあ、ダマスコの荒野へ帰って行け。そこに行き、・・・・せよ。」
主の予言者エリヤは、主から生涯最後の使命を命ぜられました。

わたしが憧れてやまない、偉大なる予言者エリヤが、
火の戦車と火の馬に乗って、たつまきに乗って、天へ上って行く前の出来事です。
                          列王記第二 2章
予言者エリヤは、モーセやエノクのように、地上に墓を持たない。
イエス・キリスト様もまた、地上に墓を持たない。

わたしたちもまた、エリヤのように、
神の御子、救い主イエス・キリストにあって、
わたしたちの国籍は、天にあるのです・・なんと幸いなことか。

嵐の中で、沈黙して咲くエビネ蘭
 
何があっても、動揺しない。
何が起こっても、恐れない。

大風が吹き荒れる木の下で、
エビネ蘭の花は、自分を造り、命を与え、
見守ってくださっている主なる神を、知っていて、
絶対的に、信頼しているように見えました。


エビネ咲く


信仰とは・・・絶対信頼

唯一の真の、神の言葉が書いてある、聖書を読み、
イエス・キリストが、神の御子であることを知り、
この方が、わたしたち人間を、罪から救い出すために十字架に架かってくださった・・。
罪許された人間は、聖なる神と、いつも共にいることが出来ること。

この幸福のおとずれを信じること・・・これが信仰なのですね。

そして、祈りとは・・心の中に、いつもイエスキリスト様が、共にいてくださること・・。

エビネ

いかなるものも、この平安を、わたしから奪い取るものはない。

暴風の中で、静かに、凛として自分の花を咲かせる姿は、
信仰の何かを教えてくれている。

そして、信頼しているものの姿の、なんと、美しいことよ。


沈黙の声を聴いて、再び立ち上がった、予言者エリヤ。
神に、決して見捨てられていないことを確信した時、
静かな力が湧いてきた。

あこがれのエリヤのように、
わたしも、主を絶対的な信頼で、残る人生を生きていきたい。




theme : *写真で残す日常*
genre : 写真

つりがね水仙の花咲く

やさしいベルの音が聞こえる・・・

釣り鐘水仙  シラー・カンパニューラ

ゆり科の花。スペイン・ポルトガル原産の花。
葉を見ると、確かに水仙の仲間だとわかる。
しかし、ひとつひとつの花は、小さくても百合の花。

咲き方は、同じくゆり科の ヒヤシンス の花に似ている。

つりがね水仙


やさしい薄いピンクの花・・

薄い藤色の花と、
薄いピンク色の花・・・。

なんだか、奏でる音色が違うような気がします。

庭の片隅の舞台に、
スックと立って、演奏しているみたいです。

つりがね水仙


古い教会堂の鐘の鳴る風景・・・

スペインの花・・・シラー・カンパニューラ

スペインが生んだ、偉大な芸術家、
アントニオ・ガウデイー の設計した教会 サグラダ・ファミリアは、
今もなお、建設が引き継がれています。

スペインの村の、小さな教会では、
こんなにかわいい、花のような鐘が、
日曜毎に鳴るのでしょうか?

ツリガネ水仙

こんなにかわいい鐘が鳴ったら、
教会に、礼拝に向かう足が軽くなりそう・・。
うれしく、たのしくなりそうです。

theme : *写真で残す日常*
genre : 写真

本当の姿はどれですか・・・七変化のもみじ

葉の色を変え続けるもみじの葉

物事には、真実と不真実があります。
事実と、虚偽があります。
人にも、実像と、虚像があります。

真実と、偽りもあります。

聖書の中には、永遠の神の、永遠に変わらない、真理の言葉が記録されています。

永遠の命の言葉を持っておられる、主なるキリストの言葉が記されています。

我が家の庭の七変化のもみじの木は、
春からずっと、絶え間なく葉の色を変え続けてきました。

もみじ


どの色が、本当の色なのですか?

そう、尋ねてみたいような・・・

「いつだって、どの色だって、本当の色なのですから・・・」
不思議な性質を持っている、七変化のもみじの木。

昨日、木を見上げたら・・・
美しいうす若草色の葉を見せていました。

やっぱり、本当の葉の色は、緑なのでしょうね。
・・・そう、思えました。

もみじ


人の本当の姿は・・・

聖書の中に、イエス様の教えがあります。

「隠れているもので、あらわにならぬものはなく、
 秘密にされているもので、知られず、また、現れないものはありません。」
                    ルカによる福音書 8章 17節

人は、自分の本当の姿を隠していることが多くありますが、
・・・神様の目には、すべてが見透されているのですが。

人には、二通りの生き方があるように思えます。
すべての真実が知られているので、安心していられる・・・という生き方。
すべての真実が知られることを、恐れて暮らす生き方・・・。

もみじの緑

わたしもまた、イエス様に出会う前までは、
人には、何も知られたくない という生き方をしていました。

しかし、主なる神、イエス様は、
あわれみ深く、慈しみ深い方で、
なんの取り柄もないわたしのような者をも、
愛してくださっていたことに気づかされました。


「わたしは限りない愛をもって、あなたを愛している」
創造主である神は、イエスキリストを通して、今も、語ってくださっている。

theme : *写真で残す日常*
genre : 写真

九輪草が咲く裏庭

さくら草の仲間なのです・・・

九輪草は、さくら草科 さくら草属の花です。
・・・どおりで、さくら草の花によく似ています。


学術名は、プリムラ・ジャポニカ
九輪草の九輪というのは、
法隆寺の五重塔の屋根のてっぺんに、相輪が九つ重なっている・・九輪に似ているから・・とか。

くりん草


背高のっぽのさくら草のよう・・

茎がすくすく伸びて、
おまけに、花は、輪を重ねるみたいに伸びていきます。
そのことを知ってからというもの、
この九輪草の花が咲くたびに、
毎年、気をつけて見ています・・。

でも、九重の輪ができることは稀で、多くて七重位でした。

九輪草


かわいい色のうすピンク

さくら草を集めたような花。
二重目の花たちが、準備しています。
花たちにとっても、毎年が挑戦なのでしょうか?
イチローさんの2000本安打とか・・と同様に・・。

ピンクのくりん草

色様々に咲き競い・・

九輪草の花は、毎年、自然交配を繰り返して、
その色を変えていきます。
風媒花なのか、蝶や虫が媒介するのか・・。
時折、まだら模様の花が出現したり・・。

変化というか、進化というか・・。

くりん草


花の色の違い・・姿の違い・・

現在、地球上には、68億人の人間が住んでいると言われています。
(アメリカ国勢調査局調べ)

1987年(昭和62年)は、50億人だったようですが。

花の色の違いは、
人種の違いにも似ているように思えてきます。

赤いくりん草

さくらが見つめます

昨年よりも、険しい表情で・・・
理由は・・・
(大きい声では言えませんけれど・・・)
花の向こうに、れいおばさんがいるのです・・。

さくら

むくは、いい相棒でしたが・・・

れいおばさんは、結構、こわいのです。

むくは、やさしかったのですが・・・
むくの母のれいは、結構、威張るのです。

れい

我が家の3匹の猫・・祖母・娘・孫 3世代が3匹・・。
しかし、たったの3匹なのに、みんな仲がよくないのです。
この家で生まれて、この家で育ち、この家で高齢を迎えている、血縁関係の猫たち。
たしかに、みんな14歳以上なのですから、
・・それぞれが、頑固さを、宝物のように、必死で守っています。
仲良くすればいいのになあ。と思うのですが・・。

3匹が3匹。
共に、みんな自分が一番かわいがられていると思っています。
実際、みんな、大切で、かわいがってはいるのですが・・

自分以外は否定したい・・ように見えます。

20代の頃に読んだ本。
河上徹太郎氏の書かれた、新聖書講義の中で、
”愛の不公平について” 解説したものですが・・。

主イエス様が、ベタニヤ村を訪れて、
マルタとマリヤの姉妹の家に滞在された折の出来事。

姉のマルタは、主をおもてなしすることに心砕いて、忙しく立ち働いていた・・
妹のマリヤは、主の足下に座って、みことばに聞き入っていた・・

姉のマルタは、妹に手伝うように言ってくださいと主に頼みます。
その時、主イエス様の答えは、
「マルタ・マルタ、あなたは多くのことを心配して思い煩っている。
 しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや。ひとつだけです。
 マリヤはその良いほうを選んだのです。
 彼女からそれを取り上げてはいけません。」 ルカ福音書 10章38節~42節

河上徹太郎さんは、この箇所から、
愛の不公平があることを書かれていた・・。

しかし・・・
不公平だと主に告げたマルタは、
妹のマリヤと同様にあることも出来たはず。
何を価値ありとし、何を選び取るか?
ただし、マルタとマリヤの与えられていた資質は、それぞれ確かに違っている。

河上徹太郎氏は言う。
この二人の女性のもつ、両面性を、人は両方共に持ち得るのだ・・と。

この結論は、若かったわたしに、大きな目標を与えてくれた。
マルタとマリヤの二人の性質を併せ持ちたいものだと。

主イエスに愛される女性になりたい・・と。

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クレマチス・・・再来!

クレマチスの花は健在です・・

昨年の5月に、母の日に贈られた、(わたしは子供のいない母ですが・・)
わたしを、母のように慕ってくれているお嬢さんがくださった花です。
ピンク色のクレマチスの花です。


クレマチスの花


我が家の庭には、紫色ののテッセンがありますが・・

シャープな感じの濃い紫色の花を咲かせる ”テッセン”は、
和風を思わせますが・・・。
ピンク色のやわらかげな、かわいい花 ”クレマチス”は、
洋風な花に見えます。



クレマチス


かわいい蕾・・・

ぽったりした蕾が、かわいいのです。
きんぽうげ科の、仙人草属の花だそうで、北半球に生息する花だそうです。
この花は、花弁をもたない花・・・。
花びらに見えるのは、萼が変化したものだそうです。

クレマチスの花



大きな8枚の花びら(萼)

西洋では、蔓花の女王と言われている花だそうで、
イングリッシュガーデンでは、もてはやされているそうです。
確かに、クレマチスの花のトンネルがあったら、素敵かも知れません。

クレマチスの花


我が家の庭にデビュー

21年もここで暮らしてきた、藤の花も、
小さなかわいいさくら草も、
新たに加わった、新人のクレマチスの花を、
違和感もなく、やさしく受け入れてくれているように見えます。

旧知の友人のように。

kuremachisu


共に生きるということ。
これは、本当に大切なことなのですね。

時として、
初めて出会った人でも、
昔からの友人であったように感じたりすることがありますが・・

不思議な出会い。

人間にとっても、植物たちにとっても、
大切なことなのですね。


わたしは・・・人生途上に、イエス・キリストに出会えたことが、
何よりの宝物です。

そのおかげで、今、
心に触れられる、大切な、人間関係が与えられている・・。

よかったね。クレマチスの花。



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ナナカマド・ツツジ・もみじ・・

白き花・・・ナナカマドの花

涼しげな葉が美しく見えます。
ナナカマドの花は、
やさしい小さな梅模様の、白い花があつまって咲きます。

この白き花の実が、秋には赤くなるのは、
不思議なのですが・・。

この花は、牡丹が咲く頃に、
時を同じくして咲くのです。同期生みたいに・・。

ナナカマドの花


わたしと共に嫁入りした、ツツジの花

この赤紫色のツツジの花は、
牡丹が咲くと、続くように開花します。

つつじ


なつかしい、故郷の花

今は姿を消した、
松竹大船撮影所があった頃・・・
大船駅から真っ直ぐに続く道の両側の沿道に、
このツツジの花が街路樹になっていました。

なつかしい花なのです。

つつじ


独身寮の窓の下

8年間住んだ、独身寮の窓の下に咲いていました。
結婚する時に、一緒に引っ越してきました・・。
藤の花と共に、わたしに付いてきてくれた花。
雪国の冷たい風に慣れるのには、時間がかかりましたが、
冬囲いにも慣れて・・・雪国にもなんとか、馴染んで、
今では、堂々とした姿で咲いています。

つつじ


我が家の庭を見守るもみじの木

庭先の花々が、次々に花を咲かせている間中・・・、
真紅の新芽から初めて、葉の色を変え続けるもみじ。
牡丹が、絢爛と咲く頃になると、
ようやく、落ち着いた緑色へと変わろうとしています。

勿論、この先にも、
咲こうとする花々はたくさんあるのですが、

七変化のもみじ

今、咲く準備をしている庭の花たち・・・。
紫色の花をつける、むらさき菜の花。
金の成る木の赤紫色の花。
紫色と、うすい藤色の、都忘れの花。
みやましゅうめい菊(一輪草)の白い花。
紫と薄ピンク色の昇り藤の花。
ピンク色と、牡丹色の九輪草の花。

もみじの古木は、100年以上も庭の花々を見守ってきた。
しかし・・・・、
見守るというのは何か・・・

もみじの根方の小さな草花は・・

ただ、ただ、咲いている。
見つめられていても・・、
見つめられていなくても・・、

雑草こそ、自由な草なのかなあ?

庭の草

聖書の中には、
天地創造の神、唯一・真の神は、
一人の人アブラハムを選んだとあります。(創世記12章~)

”選びの民 イスラエル” 
というのは、神がアブラハムを神の祝福の基として選ばれたということで、
現在のイスラエルという国は、アブラハムの末裔・・なのです。
そして、イエスキリストは、アブラハムの末として地上に生まれてくださった。

”選びの民” イスラエル
”異邦人” イスラエル以外の国民

わたしは、勿論、異邦人でした。
しかし、神の御子イエス・キリスト様が、
創造主である神を、知らずに生きてきた、雑草のような異邦人のわたしのために、
十字架で死んでくださったことにより、
異邦人であるわたしが、救い主イエス様の故に、神の子供とされたのでした。

「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、
 神の子どもとされる特権をお与えになった。」
              ヨハネによる福音書 1章12節


雑草のままでもいいのですが・・・
神に愛されていることを知っている、
確信している雑草で、わたしはありたい・・・。


無益な者から、有益な者へ、変えてくださったのは、
慈しみ深きわが神、主なのです。


もみじの古木の根方に咲いている、
雑草と一緒に、わたしは慈しみ深い神を讃えたい。

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牡丹の花

昔、この家の、文人が愛した花・・・

この同じ庭で、牡丹の花を愛でて、
文人仲間の方と、俳句・短歌を詠み合い、
91歳までを生きた年寄りおじじ。

その生涯を終えてから、50年が過ぎ去り・・・
未だに、その方に愛されていた牡丹が、

今年もまた、美しい姿を見せている。

牡丹


古木は枯渇し、弱っていますが・・

花は、あくまでも華やかな風情を見せ・・

牡丹の花


石灯籠も昔馴染みです・・

美しい花に、言葉は不要のようです。
存在そのものが、美しい。

あでやかな姿は、格別なのです。

牡丹

数えてみたら・・・・
こんなに小さな花木に、
15個の花が咲いていました。

表裏に関係なく、それぞれが、みんな美しい花を咲かせています。


絵てがみに描いてみたい・・・しかし・・・
おそらくは、歯が立たないかと思う。

牡丹の絢爛豪華さは、わたしの手(筆)に負えないと思う。


でも、描いてみようかなあ?

描かせてくれるかなあ?

昔、立派な仕事をされた、
年寄りおじじの愛した花 ”牡丹 ”

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今年は実を結ぶか?桑の木・・

厳しい冬を耐えた桑の木・・

山の畑の桑の実を 小篭に摘んだは いつの日か
夕焼け小焼けの 赤とんぼ ・・・の歌詞にでてきますが・・

桑の木。

村の田んぼの畔や、畑の境界線などに植わっていますが、
昨今は、村人たちからは、あまり喜ばれてはいないように思われます。
余りにも大きくなって、根を張って、ほけるので困るのだそうです・・。

ところが、わが夫は、
その、桑の木が大好きなのだそうで。
西の畑の土手に植えたのでした。それから、根曲がり竹の笹も数本。

桑の木が
昨年は、一つも実を結びませんでした。大雪の冬を越して・・春を迎えましたが。


桑の実は、今年は豊作?

桑の枝の、そこかしこに、たくさんの実? 花?が付いていました。

小さな葡萄の房のような、かわいい花が沢山!

「こんなに実が生ったら、どうしよう?」とわたし。
「ジャムにすればいいよ。」と夫。

まだ、実ってもいない桑の実を期待しているのです。

桑の花?
ブルーベリーのジャムみたいに、桑の実で作ったら、美味しいジャムになるかもしれない・・。

ナツメの実と同じように、
鳥さんたちと取り合いになるのかなあ?
多分、分け合っても余りがありそうな位、実が生りそうです。


さて・・少数派のキャットミントですが

猫たちに人気のミントです。
猫が入れ替わり立ち代り、やってきては顔を摺り寄せます。

絶えないように、春先に囲いを作りましたが。
囲いに守られて、
なんとか、かわいい芽を伸ばし始めています。
ふじ紫色の、かわいい花が咲くのです。

キャットミントの芽

そういえば、
聖書の中にも、同じようなたとえ話がありました。

3年間、実の生らならかった、無花果の木。
「実が生らない木は、切り倒してしまいなさい。」と農園主が言いました。
すると、園丁は主人に言いました。
「ご主人様。あと一年お待ちください。わたしが、肥料をやってみますので・・。」
 それでも、だめでしたら、結構です。切り倒してください。」

              ルカ福音書 13章6節~9節

猶予を願って、木を守ってくれた園丁。

イエス様の慈愛と、憐れみによって、
わたしたちも、守られているのかも知れないと、思えます。

十字架で、
わたしたちの身代わりになって死んでくださった、神の御子イエス様。

義なる神・聖なる父である神の前に立って、
「父よ。審きは、わたしが受けますから、どうぞ、彼らを許してください。」

”贖い ” 買い取ること。
罪の奴隷であった人間を、
神の御子イエス様の命をもって、買い取ってくださった。

それで、イエス様は、わたしの救い主なのです。











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紅葉・牡丹・・・変わる葉の色・花の色

もみじの芽吹きから数えて・・・

真紅色の新芽が、
朱鷺色に変わり・・・
オレンジ色になって・・・光色に。

夏に向けて、ようやく緑色に変化しようとしています。
七変化のもみじの木の葉。

もみじ変化

知らぬ間の変化

気が付かぬ間に・・・
刻々と変化する木々。

木々の生涯は、
時間と、年々の季節と、常に同行している。

もみじ


この冬、大雪の下で眠っていた牡丹

藁の囲いに守られて、
今年も15個の蕾を付けています。

牡丹は、芍薬の花によく似ていますが、
やはり、牡丹は、草花でなくて、花木だけあって、
花も、絢爛さで違いが見えます。

今年も、牡丹色の見事な花に会えそうです。

牡丹のつぼみ

昔・・この牡丹の花を愛でていた、
夫の曽祖父であった、”年寄りおじじ” と呼ばれていた方。

わたしは、写真と、話でしか、この方を知らない。
文人であって、政治家であって、百姓はされなかったという方。
生きておられたら、150歳になられるのではと思いますが。
会ったこともないのに、心惹かれる方なのです。

先だって、母が通院でお墓掃除に行かれないというので、
わたし一人で、庭のお花をもって、お墓掃除にいきました。

帰りがけに、昼鐘(12時の時報の鐘)を突く、ご住職様にお会いしました。

曽祖父の話になりました。
「わたしは、会ったこともないのに、夫の曽祖父が大好きなんですよ・・。」と言うと、
ご住職は、
「そういうことは、あるかもしれませんね・・。」と、笑いながら言われました。

会ったこともないのに・・・


そういえば、
世界中のキリスト者たちも、
神の御子 イエス・キリスト様にお会いしたことはないけれど、
聖書を通して、
唯一、真の、神の存在を知り、
神の愛を知り、

罪の何かを知り、
許しの何かを知り、
救い主イエス様を、心から愛し、心から信じ、心から祈り、礼拝している。

「わたしたちは、いまだ主イエス様にあってはいないけれども、喜び、かつ
 切なる思いをもって、復活の主に、お会いできる日を待ち望んでいる・・。」

聖書の中に、そんな記述がありました。


会ったことはないけれど・・・





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アイリスの咲く・・

水辺でなくても、咲く花

花菖蒲や,あやめ、杜若など、日本の花は水を求めますが・・
やはり、草原気候の西欧の花、
ジャーマンアイリスの花は、水辺でなくとも元気に咲きます。

この花は、あやめ科のあやめ属の花。
種類も多く、さまざまな色の花があります。
丈夫で、
一度植えると、文句も言わずに毎年咲き続けます。

アイリス


尾形光琳の屏風・・・というわけにはいきませんが。

江戸時代の画家であり、芸術家であった、すごい人。
尾形光琳の、金箔の屏風に描かれた、
”燕子屏風図”は見事な配置ですが・・。

ちょっとだけ、似た感じに並んで咲いてくれました!
わたしのハーブ畑の端っこに。

”燕子”というのは、燕のような姿をしたという意味のようで、
尾形光琳さんは、かきつばたの花が、燕に見えたのでしょうかしらね。

airisu

後ろの土蔵の土台に使われていた切り石は、
むくと、さくらが、
何度も、たたずんではわたしを見つめてくれた場所です。

むくが生涯を終えて、
さくらは、
マイガーデンを自由に散歩できなくなりましたが・・。

かわいいチーママの子猫軍団は、さくらを脅かしますので。


物も、人も、場も・・・
永遠に自分のものなんてものが無いことを、身近かに知らされます。

その時・・・たまたま、お借りしているに過ぎないのだ、ということが。
それを、恵みとして覚える知恵があったら、
きっと、何があっても(得ても)、
何が無くても(失っても)しあわせは感じられるのかもしれないと、
そう、思えてきます。

今、自分に与えられているもので、感謝・満足できる人は、
本当の意味で、 ”富める人 ”

許されている、人生の中で、
神様からお預かりしているものを、
どうしたら上手に役立てることができるのだろう?

ハムレットの独白ではありませんけれど・・・
「それが、問題だ・・」


ところで。
イエス様は、天国のたとえ話の中でお話しになられました。

ある人が旅に出るときに、僕に自分の財産を預けて旅にでました・・。
帰宅した主人が、預けておいた財産を計算しましたところ・・・。

「よい忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったので、多くのものを管理させよう。」
「主人と一緒に喜んでくれ。」
        マタイによる福音書 25章 21節


わたしが、お預かりしているであろう財産(タラント=能力)、
わたしは、生かして使っているのかなあ・・。

生かして使いたいかなあ・・・と。




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家紋と同じ、藤の花

家々に伝わる 家紋・・

どこの家にも、その家の 家紋がありますが。
わたしの実家の家紋は、 ”鷹の羽 ” でした。
鷹の羽が二枚交差している紋でした。

嫁入り先のこの家の家紋は、 ”下がり藤 ”です。

嫁いで21年になりますが、
今更ながら気がついたことがありました。

「そうか。この藤の木は、ここが気に入った筈なのだ。」
下がり藤の家紋の家の、庭にきたのですから・・。

藤の花


「それにしても、いい藤の木だな」

斑尾山は、雪が降ったようでした。
5月の曇り空に、藤の花の、美しい藤色が引き立っていました。

「きれいな色だなあ・・」と、夫。


相性ということ。

相性と言うのは、不思議なものです。
理屈では説明が出来ない、何かがあるようです。
人間同士だけならいざ知らず・・・
木や、草花。
人と動物だって相性があるのですから。

藤の花



人と家だって、相性があるのですね。
因みに、わたしは、この古い家とは本当に相性が合うのです。

機械や、自動車や、道具。パソコンだって相性があるようです。
使いやすさや、動きなど、微妙な性質の違いは、
結構大きな問題となっているようにも見えます。

・・そういえば、先だっての真夜中・・。
夫の寝室に羽ばたき音が聞こえてきました。
「おい。鳥が入ってきた。出してくれ・・。」と夫。
さくらとわたしは、起き出しました。

雀さんだと、さくらに捕まったら食べられちゃう・・
暗闇に、廊下のサッシ戸を開けました。
ツバメさんのように飛び回ります・・。
・・・なんと、蝙蝠(こうもり)さんでした。

古い家屋の屋根裏は、コウモリさんの居心地のよい場のようでした。

コウモリは、必死に飛びまわって、外の暗闇に消えました。
どおりで、さくらが捕まえなかったわけです。

かあちゃん、お祈りって大事だよね


イエス様は語りましたっけ。
「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子には枕するところがない・・。」
                ルカ福音書 9章 58節

天から下ってこられた、神の御子イエス・キリスト様の、地上でのご不自由な暮らし・・。
なんだか、心が悲しくなりました。

かろうじて、
ベタニヤ村の、ラザロとマルタとマリアの住む家は、
イエス様にとっての、唯一、心休まる場所だったようです。

それから・・・首都エルサレムに向かい合う、ケデロンの谷沿いにあった、ゲッセマネの園。
この園は、オリーブ山の麓にあり、エルサレム神殿に向いていました・・・。
イエス様は、ひとり静かに、父なる神様に祈った場所です。

心休まる場所。
魂が休みを得られる場所。

「人間は、創造主である方の元にゆくまでは、魂に安きを得ない」と書かれています。

さくらは、かあちゃんが朝・晩ベッドにひざまずいて祈るときは、
必ず、かあちゃんの顔のそばで目をつぶっています。

さくら(猫)も、祈れるのかなあ?


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再生できる?木槿の木

大雪で倒れた貝塚息吹の木の下敷きに・・

白い木槿の花が、毎年たくさん咲きましたが、
この冬、雪の被害を受けました。

十六夜のお月様に帰った、かわいいむくげの名前は、
この木から付けました。

♪ かわいいむくげの言うことにゃ・・・♪

白い花が咲くと、木のそばに、むくをつれて見にゆきました。
4月のはじめに,
貝塚息吹の木を片付けた時に、倒れた槿の木も切りましたが、
5月に入ったら・・・傷付いた、古木の幹の下から、
若い芽が、たくさん芽吹き始めました。

木槿の芽が出た
再生・新生・・・むくの木が芽吹いた!
「むく。よかったね。」

さくらの独り言・・

「あたしさあ、いじめられたの・・。」
「むくがいたら、きっと、守ってくれていたよね。」「むくは、強かったもんね・・。」

珍しく、さくらが、茶の間に来ました。
とうちゃんは、
さくらのために、ストーブをつけてくれました。
さくらの右側のおしっぽの付け根には、大きな傷口ができました。
膿がたくさん出ていました。
かあちゃんは、イソジン消毒と、クロマイPをつけて、
抗生物質を半錠飲ませてくれました。

さくら・・・だいじょうぶ?
さくらは、ほんの少しだけ、
おしっぽを動かせられるようになりました。

ルカの福音書10章の中で、
イエス様が、「唯一の真の神を愛しなさい。自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい。」
と言われたとき、エリート青年が質問しました。
「先生、わたしの隣人とは誰ですか?教えてください。」

わたしが愛すべき、わたしの隣人とは誰なのか?

「・・助けるべき隣人が、どこの、誰かわかったら、わたしは助けますけど。」と青年。

そうなのか。人は、往々にして、どこの誰なら助けられるが、
どこの誰なら、助けたくない・・。

そんな思いが、質問したエリート青年だけでなく、
わたしの中にもあるかもしれない・・。

イエス様はこの時、強盗に遭ったユダヤ人を助けたサマリヤ人のお話をされましたが・・

サマリヤ人の旅人は、
日頃、自分たちを軽蔑していたユダヤ人が、強盗に襲われて、死にかかっているのを見て、
気の毒に思って、オリーブ油とブドウ酒で手当てして、包帯をして、服を着せて、
自分が乗っていたロバに、強盗に襲われたユダヤ人を乗せて、宿屋に連れて行った・・・と。

ラベンダー

さくらが、傷の手当てを受けて、少し楽になったみたいに、
サマリヤ人の手当を受けたユダヤ人の怪我人は、
きっと、心も、体も、ほっとしたに違いありません。
「・・・ああー、助かった・・」

さくらは、心細くなると、2階から降りてきて、かあちゃんを呼びに来ます。
「かあちゃん。二階に来てほしいの。あたし心細いの・・。」にゃーん。

「ほら。さくらが早くこいって迎えに来たぞ・・。」と夫。

心のさみしさは、
ひょっとして、傷口の痛みよりも辛いのかも知れない。

痛みに耐えられても、孤独には耐えかねる・・。


主イエス様は教えられます。
「であればこそ、互いに愛し合い、助け合うんだよ。許し合うんだよ。」





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さくらは・・療養中です

むくとさくらの物語

さくらは、むくがいなくなってからというもの、
滅多に外には出なくなりました。
相棒って、ほんとうに大切なのですね。

そのさくらですが・・・
今、かあちゃんのベッドで、朝から晩まで、眠っています。
老化ではありません。
怪我をしていたのでした。

そんなことも知らずに、
二階のわたしの部屋からさくらを抱っこして、
苗植え作業の庭に連れてきました。
なんとなく、さくらは怯えていました。

野菜を植えたよ

次の瞬間・・・チーママ一家の子猫軍団が、
さくらに襲いかかりました。
さくらは、必死に逃げました。

その晩、さくらが大怪我をしていることがわかりました。
おしっぽの近くのおしりの部分が、傷付いていたのでした。
腫れて、痛そうでした。

二週間くらい前、れいも、同じ箇所に大怪我をしていました。
イソジンで消毒して、クロマイ軟膏で治しましたが。

れいも、さくらも、必死で逃げるところを、
後ろから襲われたのだと思います。

さくらは療養中です

野生の血を受け継いだ、チーママ一家のかわいい子猫たち・・。
でも・・・
さくらや、れいを追い出さんばかりの勢いで、襲いかかります。
さくらや、れいを狙って、追い詰める姿を見て、
咄嗟に、チーママ一家を追い散らしているわたしがいました・・。
共生してくれれば、どんなにいいか。


すずらん

わたしの愛の本音が見えてしまいました・・。

野良猫のチーママ一家。とてもかわいいのですが・・。
でも、
我が家の愛しい猫さくらと、れいを襲って、怪我をさせたとなると・・

わたしは、
神様の愛と、自分が抱いている愛の、
その大きさと、広さと、深さのどれほどの差があるかを、
思い知らされました。

神様の愛。
わたしたち人間が、どれほど、逆らっても、疑っても、逃げても、
愛し続け、慈しみ続けてくださっている。

「神様。わたしの愛は、まだ、この程度でした。」
「イエス様。どうぞ、助けてください。」

さくらの傷口に、イソジンを塗りました。とうちゃんと二人がかりで。
さくらは、いやだいやだ とあばれました。

さくらは、傷口を消毒したら、少しは痛みが和らいだようでした。
傷付いたり、病にかかると、猫はひたすら休んで眠ります。

時間が傷付いた体を癒すようです。



theme : *写真で残す日常*
genre : 写真

すずらんが咲く・・・

鈴蘭の香り・・・

緑が繁る庭の片隅に、
思いがけなく、すずらんが咲いているのを見つけました。

今年のすずらんは、葉が大きくて、立派です。
葉が大きい分だけ、かわいい白い鈴の花がかわいく見えます。

庭のすずらん


広げた葉が、美しい

すずらんの花は、ゆり科の花で、 
君影草(きみかげそう)という別名があるそうです。

なんとなく、素敵な感じがする名前です。

すずらん

君の面影を偲ぶ花のように見えるからでしょうか?

ドイツすずらんの花は、きみかげそう と呼ばれるすずらんよりも
花は大きいのだそうです。

我が家の庭に咲くのは、花が小さい 君影草 みたいです。

わたしにとっては・・・・
きっと、イエス様を慕う花になるのでしょうか。

夢見る中学生の頃・・・このすずらんの花に、随分、憧れていました。



花に寄せる心の想いは、
地上にいる限り、消えることがない。

theme : *写真で残す日常*
genre : 写真

さくら草・ライラック・勿忘草

地上近く咲く さくら草

さくら・さくら・弥生の空は見わたす限り・・・
空を埋め尽くす桜の花。

地上低く、可憐に咲く ”さくら草 ”

花は、まさしく 桜花。
洪水地帯の河川敷を好むと言われていますが。
目にも鮮やかな サクラソウのピンク。 

桜草


庭の片隅に

そっと咲く姿は、儚げでいとおしく感じられます。

さくら草


香り高き花 ライラック

香りの代名詞 
もくせい科の花木。
そういえば、キンモクセイもいい香り。

ライラックの花


十文字がいっぱい

小さな十文字の花が、
ひとつづつ、順番に開花してゆきます。

南十字星のようなはなです。

ライラックの香り



見上げれば青い空

地上の青空のように咲く花。
忘れな草
そういえば、人は悲しくなると空を見上げるかも知れない。

勿忘草


むらさき科のちいさな花

昔、水色のハンカチ という歌がありました。

水色というのは、心に近い色かも知れないと思える。
しかも、歓びの色というよりも、
悲しみ色・・。

勿忘草

「悲しむ人は 幸いだよ」
イエス様の言葉は、勿忘草の花の色のように、やさしい。

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庭のもみじが花のよう・・

今年の七変化のもみじは

やわらかい、夕日色のように見えます。
なんとなく、心魅かれます。

もみじ


空が透けて見えるほど・・・

例年に比べると、葉が少なめで、
うす青い空が透けて見えます。

もみじも色


ブナの木にごあいさつ

お隣の木、ブナと木蓮と桜の木に手を延べて、
「今年も、秋までご一緒しましょうか・・」

競演


毎年見る風景ですが・・・

毎年、雰囲気が違います。
見る人間の、
その時の心境によっても、同じ風景は異なって見えるものですが・・・

七変化のもみじ

千曲川の流れる町と村。
周囲が山に囲まれている盆地ですが。
志賀の山、野沢の山、斑尾山、関田山脈・・・

千曲川の向こうの長峰の山は、今新緑が動きはじめています。

俳句の季語 山笑う 時節になりましたが、

先週月曜日、
身障療護施設のみなさんで構成している、俳句・短歌愛好会。

クリスチャンでもある、身障歌人、0・Fさんが、
入院中と言うことで、会の仲間で、お見舞い色紙を書きました。

  80歳を迎えられるこの女性は、二〇代の頃イエスキリストを信じて以来、
  重度の障害にもめげず、独学で学び、短歌の会の同人となり、
  過去に六冊以上の歌集を出版されています。


M・Kさんの短歌
  病院の窓から空は見えますか 一緒に見たいこの青空を

わたしの俳句
  主イエスの微笑みの如く山笑う

やさしい色・・・薄い桜色を使って、
桜の花と、花びらを散らした絵を、
絵手紙手法で色紙に描いてみました・・・

theme : *写真で残す日常*
genre : 写真

今年の藤の花

藤の花、五分咲き

香り高き 藤の花が、
今年もまた、美しい姿を見せてくれました。

”藤娘 ”の舞踊は有名ですが、
美人の代名詞に使われるくらいですから、
きっと、昔から、日本人に愛されてきたのでしょう。

人だけではなく、
クマバチさんからも、愛されている花です。

藤と茅葺き

今年の花は、少なめです。
それに、枯れた枝も目立ちます。

今年は、どれ位花房が伸びるのかなあ・・。

theme : *写真で残す日常*
genre : 写真

ブナの緑は、希望の色

ブナの新緑は、清新な精神のよう・・

鍋倉山のブナの林は有名ですが、
ブナの木は、飯山市の市の木となっています。
市の花は、雪椿です。

鍋倉山の林の林道は、まだ雪が多く、開通していませんが・・。
沈黙のブナの林を歩くと、心が癒されます。

夫とわたしは、ブナの木が大好きで、
庭には、3本のブナの木が、一緒に暮らしてくれています。

庭の草花を愛しんでくれて、
多くの葉陰と、たくさんの枯れ葉を落としてくれています。

ブナの木

木ヘンに無 と書いて、ブナと読みますが。
どうして、木が無い と書くのだろう?と不思議に思ったものでした。

一説には、昔、木で家を建てるのに、
材木としてのブナの木は、
あまりにも成長が遅いので(それ故に、木自体は大変硬くて丈夫なのですが・・)
成長の早い杉の木から見たら、役に立たないと思われたようです。

ブナの木は、
原生林に雨水を湛えて、洪水や山崩れの災害を防止してくれます。
一年中、山から村へ、水を提供し続けてくれます。

百年・ニ百年・・・長い時を黙々と生き、
その立っている様をみるだけで、生きるとは何かを教えてくれます。

わたしの目には、
ブナの木が、無私・無欲・無言・・・の木のように見えますが。

わたしにとっての、癒しの木。

わたしにとっての、師でもある木。





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genre : 写真

野菜の苗を買いに・・

天候不順・・・

真夏の暑さの翌日は、台風張りの暴風。
そして、肌寒い日。
今年の苗の植え付けは、村のどの家も遅くなっています。
早くに苗を植えて、あんどんを立てた畑では、暴風が舞い散らさんばかりでした。

母と、村の苗屋さんへ、野菜の苗を買いに行きました。
「お母さん。いい苗を選んでね。」
そして、元気な苗を買いました。

野菜の苗

「これで、今年の夏の野菜は心配ねえや。」
母が、安心した表情で言いました。



午後は、
教会の婦人のつどいに参加して、ルカの福音書を学びました。
求道中のふたりのご婦人と、宣教師夫人とわたしの4人。
真剣に聖書を学んで、学んだ箇所を聖書物語のビデオを見て、
コーヒーをいただいて、とても幸いな時間。

イエス様が、神の国の譬えで、からし種と、パン種の譬え話をされたので、
どういうことかと、みんなで楽しく真理をさがしました。

そして、次回は、パン種の話から・・発展して、
ペンションを経営されている方に、
食パンと菓子パンの作り方を、教えることになりました。
勿論、聖書の学びもですが。

主にある交わりの、なんと心楽しく、さいわいなことか。
「見よ。兄弟が和合しておるのは、なんと幸いなことでしょう」詩篇133篇1節


「とうちゃん。次回は、わたし、パンを教えにいくことになっちゃた。」
夫は、
「そうか。おめえは、タフだなあ。」
「だって、楽しいんだもん。」



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藤の花咲き・・・クマバチの集う

大雪の重さにめげず 美しき花咲く

この藤の木は、
今から21年前の春、
わたしと一緒にこの茅葺き屋根の家にやってきました。

藤の花は鉢植えで、
群馬県の前橋のバラ園で購入した木でした。
そして、独身寮で共に暮らした木です。

わたしと、藤の木の合言葉は、
「この家に来て、よかったね・・。」なのです。

藤の花


豆科の、美しき花に

とても、いい香りがするのです。
花が咲くと、毎年、何度も、
藤の花房に、顔を押しつけて、香りを嗅ぎます。

ライラックの香りに、勝るとも劣らない香りなのです。

今朝も、顔を近づけたら・・・
花の花粉が見えました。
「ええー。そうだったの?」
どおりで、クマバチさんが集まるはず。
花房の一つ一つの花が、かわいい黄色い花心を覗かせていました。

藤の花


どこから来たのか?クマバチさん

蜂蜜は、どの花から蜜を吸うかで、香りも味も違ってきます。
先だって、お菓子とパン作り用に蜂蜜を買いに行きましたが、
その専門店は、トチの木の花から蜂が集めたものだそうでした。
トチ蜜も、あっさりしていて、おいしいのですが。
アカシアやレンゲの蜂蜜もおいしいのです。

クマバチさんの集める、藤の花の蜂蜜の味は、どんな味なのだろう?
きっと、おいしいのだろうと思います。

藤の花


クマバチさんの指定のお花です

”リザーブ ”
立て札こそありませんけれど・・・、
毎年訪れてくれる、この蜂さんは、
一体、何代目なのだろう?
ひょっとして、15代目位なのかしら。

蜂さんは、毎年、同じように見えますが、
絶対に、毎年違う蜂さんなのです。

藤の花

クマバチさんのD・N・Aは、受け継がれて、受け継がれて・・・
毎年、同じ場所にやってくる。

ユダヤ人は、
系図をとても大切なものとして受け継いできたとあります。

その証拠に、
マタイによる福音書の冒頭には、
アブラハムから始まる系図が、延々と書かれています。
このアブラハムの系図に、
神の子、救い主イエス・キリストが予言通りに誕生したと書かれています。

創世記の5章から12章までには、
はじめの人アダムから、ノアを経て、
アブラハムまでの系図が詳しく記録されています。


昔、「ルーツ」という本がありましたが、
テレビドラマ化されて大フィーバーしました。
アフリカの奴隷、クンタ・キンテの物語。

改めて、
人は、何を受け継ぎ、そして、何を残すか。

わたしは、子供を授かることがありませんでしたが、
たった、ひとつだけ。
わたしを見いだし、愛し、罪を許し、救ってくださった、
神の御子、イエス・キリストの教えと愛とを残したいと思う。

クマバチさんのように、なんということもなげに、
ただの日常のように、藤の花の蜜をあつめるみたいに・・・、




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変化する木々と草花と人と

時々刻々・・・変わる葉の色

七変化のもみじの葉の色は、
毎日変わっていきます。

高速度カメラで撮ったら、どんなに素敵でしょう。
否・・やはり、目に見えない変化を感じて、感動したいかも・・。
今年のもみじは、
少々元気がないように見えますが、
時間を経るごとに、変化をみせています。

もみじ


昨年とは、なにもかもが違って見えます

昨年の朱鷺色は、
それは鮮やかな朱鷺の色でした。
今年の朱鷺色は、やわらかくて、やさしい色調なのです。
変化・・・

もみじ


むくのクリスマスローズは実を結び

やさしい花を咲かせた花ですが、5月に入ると、
赤紫色の花びらの色を緑色に変えて、
花心は、実(種)に変化しようとしています。

変化は、日常なのだということが目に見えます。

クリスマスローズ

地上の、
生きとし生けるすべてのものは、
変化を常としているのだ・・という事実に気づかされる。

蝶が、
葉に卵を産みつけ、
幼虫となって草花の葉を食べて育ち、

さなぎとなり、
休眠の後に成虫となって、
再び、美しい蝶として羽ばたく・・・。


人間にとっての地上の暮らしは、
一体どこにあたるのであろうか?

どちらかというと、人間は、
変化を恐れる性質を持っているように見えます。

有限から、無限へ。
無益な者から、有益な者へ。

永遠なる神の御子 
イエス・キリストは、ベタニア村のマルタに語りました。

「わたしはよみがえりです。いのちです。
 わたしを信じる者は、たとえ死んでも生きるのです。」
                ヨハネ福音書11章 25節








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記憶・忘却・・・脳の不思議

すずらんずいせんの花が咲きました

夕日を浴びて咲く姿が、
人生の黄昏を響かせるように見えます・・・

すずらんのような、
スノードロップのような、

花びらの緑色の点が、かわいい花です。


水仙の花は、ひがんばな科ですが、
すずらんの花は、ゆり科です。

春を知らせるベル


あおいすみれの花

うすい藤色の、このすみれ。
葉の形状が、葵の葉に似ているので、
この名が付けられたのでしょうか。

g


勿忘草の花

「わたしを、忘れないで!」

記憶に残りたいという想いは、
一体、どういう場合に起きるのだろう?

愛し合っている人間同士の間に?
信頼し合っている者同士の間に?

この頃のわたしは、むしろ、
「どうぞ、忘れてくださっていいのです」との想いがある。

雑誌やテレビで、偉大な坂本龍馬さんの銅像とかを見ると、
この先、ずっとその姿が残ることが、苦痛なのではないかと思えたりして・・。
でも、本当に偉大な方は、そんなことは大したことではないのかも知れませんが。

わすれな草


記憶・忘却・物忘れ

記憶のシステムの凄さは、
人間の、脳の機能の凄さと連動していますが。

脳の新皮質と、旧皮質の働きの違いからして、驚かされます。

老いと共に訪れる新皮質の活動停止。
老いと物忘れ・・・今、現在の直近の情報が記憶されずに、
しかし、昔の出来事は、まずよく覚えているような。

最近の母の姿を間近で見ていると、
老いに伴う認知の何かを知らされる。

今、話したことを忘れている。
今、使用した道具がどこにあるかを忘れる。

見事な忘れように、思わず笑みが浮かんでくる・・。
・・・そうなのか。老いとは、認知症とは、そういうものなのか・・。

やがて、わたしにも訪れるであろう老いと、認知症的症状。

養老孟司さんの言葉にホッとさせられる。
「それは、長寿社会となった、現代の人間に、当然巡ってくる老化なのです。」

物忘れは、決してダメなことではない・・・
物忘れが上手になった母と、
これからも、のどやかに、暮らしてゆけたらいいかなあ。と、そう思える。


”勿忘草さん。どうぞ、わたしを、忘れてもいいのですよ ”




でも・・・、
イエス様、どうぞ、わたしといつも共にいてください。





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れんげしょうまの芽が・・

昨年の感動が甦ります・・

初めて出会った不思議な花・・・れんげしょうまの花。
小さな灯りを灯したような花が、
細く長い茎の先に花開いた感動・・

二年目のこの年も、あたらしい芽が出てきました。

山野草


白い山菫が出迎えます

「お先に咲いています。」

白い山すみれの花は、おまけで付いてきた花でした。

れんげしょうまの芽は、力強く伸びます。

れんげしょうま


ぐんぐん伸びます

毎日、丈を伸ばしています。

シャラの木の下で、大きな葉を広げ始めました。
今年、二本の茎に増えました。

れんげしょうま


山野草は、共存が上手なのですね

茎が長く伸びるれんげしょうまの足下を、
白いすみれが守ります。
折れるといけないもんね。

山野草

自然は、多くのことを教えてくれます。
地球上の、すべての生き物は、
それぞれが、それぞれ、与えられた条件の中で生きている。

人もまた、自然の小さな一部に過ぎないことを、
静かに認識することができれば、
あるいは、結構、楽に生きられるのかも知れないと思えてきます。


復活されたイエス様が、
人を恐れて、自ら誓った誓いを破り、落胆していた弟子ペテロに、
やさしい威厳をもって、語られた言葉。
「・・・・あなたは、わたしに従いなさい。」ヨハネ福音書21章22節

人は皆、自らに与えられている人生を歩むのみ・・。


”れんげしょうま ”と ”白い山スミレ ”の花も、
共生はしていますが、それぞれの生を生きている。



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プロフィール

moyasakura

Author:moyasakura

奥信濃・千曲川のほとり・・・
古い萱葺き屋根の家で、
夫と義母と賢い猫たちと
楽しく質素に暮らしています~♪





旬の新鮮な食材を使った私の手作り料理を紹介します~♪

日経リビングスタイルロゴ

日経ネット「リビングスタイル」で紹介していただきました。

☆信州の新鮮で安心な食品は
しなのえちご屋で販売しています。
主人が実直に運営しておりますので覗いてみてください。

新鮮・安心な食材


キッチンぷいぷい

毎日放送の取材を受けました。
浦上 浩 先生のネマガリダケのレシピがあります。

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J-WAVE BOOM TOWNで
紫アスパラの取材を受けました。
(2006年5月16日放送)

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長野エフエム放送の取材を受けました。(2006年夏放送)

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